第53話 能力
夜が来るのを待ち遠しいと思ったのは、どれぐらいぶりだろうか。
そんなことを思い返していても、時が流れるのは遅い。誰しも時間は平等に流れているはずなのに。
「やっほー、ちゃんと話を繋いでくれたかな?」
殺人鬼のお出ましだ。
まさか、本当にやって来るとは……。
流石に予想外というか、こんなに何度も同じ場所にやって来て、問題ないものなのかね?
「……それにしても、心霊探偵はいつの間に有名になったのやら」
「まあ、そりゃね。有名だものね、心霊探偵」
有名なのか?
有名だったら、仕事が有り余る程ありそうなものだけれど。
「有名と言っても、一般人にはそうではないと思うよ。当たり前だけれど……。オカルトって、誰も信じないじゃん?」
信じているから、頼っているのではないのか。
「一般人は、ってだけ。裏の世界の人間からすれば、信じない訳がない。死者の声を聞き、解決出来ない謎を解決する。普通の常識であれば、変わり者の烙印を押されるのは間違いないでしょうけれど」
「それは……間違いないね」
変わり者の烙印を押されるだけであるならば、未だ良い方かもしれないかな。
ずっとぼくは——あいつと向き合ってきた訳だし、それぐらいは理解をしているつもりだ。あいつは鬱陶しく思っているかもしれないけれどさ。
「……案内はしてくれるのかな?」
「案内?」
敢えてすっとぼける形で聞いてみた。
「……分かっていない訳もないだろう。あたしには幽霊が見える。殺した訳でもない少女の、だ……。殺人鬼ではあるが、別に殺したくない相手は一切手を掛けない。何て言うんだっけカな、あんまり記憶にはないのだけれど……。だからこそ、あたしはこの子の話を聞いてみたいとは思ったけれど、翻って、それを聞いたところで何も解決出来ないって訳だ」
「どうしてそう思う?」
「幽霊の声を聞いたところで、干渉出来るとでも?」
干渉、か。
確かにその通りだ。
幽霊の声というのは、少しばかりアンテナの感度が良ければ聞くことが出来るらしい。
場所によって、運が良ければ海外のラジオを聞くことが出来る——そんな話を聞いたことはないだろうか? それと同じ理屈だ。まあ、あんまり経験したこともないし、幽霊がこちらに干渉してくることは滅多に……滅多にないはずなのだけれどね。
「幽霊が干渉はしてこない、ってことで良かったよね?」
「そうだな。声が聞こえるだけ、だ。変な話でも何でもない……。そう記憶しているが、違うか?」
「違わないよ、別に。ところで、神原——心霊探偵の件だけれど、やはり昼間では厳しいのかな?」
「厳しい、とは言わないがね。やはり、殺人鬼である以上、人目がつくところには行きたくない。ただそれだけだよ」
まあ、そうだろうな。
とはいえ、あいつは事務所から出てきてはくれないだろうし、やはりWeb会議で何とかするしかないか……。
「ここって、見回りは?」
「そりゃあ、来るよ。ここは普通の病院だけれど、抜け出しちゃう患者は居るらしいからね……。ぼくなんかは何もしないから、看護師さんからしてみれば相当優秀な存在と言われるらしいのだけれど」
優秀な入院患者、ってカテゴライズもどうなんだ、って話ではあるけれどね。
「見回りが来るんだったら、ここでWeb会議をするしかないかー……。だってほら、流石に無人になってしまったら、大事になるだろう?」
「そりゃあ、なるだろうけれど……。でも、どうやって? イヤホンを付けていたら、それはそれで周囲の音を聞き取れないし、何かあったときに対処が遅れるのでは?」
「……あんた、あたしがただ無闇矢鱈に殺人鬼をやっていると思っているのか? だとすりゃあ、心外だね」
「勝手に心外にされても……。で、どうするんだ? まさか隠し通す術があるとでも?」
「バベルプログラムのことを、何も覚えてはいないのかな?」
また、バベルプログラムか。
「別に、覚えていない訳ではないけれど」
溜息を吐いて、ぼくは答える。
「そりゃあ、そうか。……一応、参加者だもんね?」
「出来ればもう消してしまいたい過去ではあるがね」
「どうして?」
「どうして、って……。バベルプログラムは、所謂世間から見捨てられた、鼻つまみ者の集まりだ。そんな集まりに参加していたとて、そんなものは履歴書にも書けやしない。その経歴は、輝かしいものでも何でもないからだ。ただ、何処にも発表できない数年の記録が残るだけ……」
「何か、面倒臭いな」
ぼくの悩みを一刀両断しやがった。
「いや、そりゃあ、それはそうなのだけれど……」
「別にどうでも良いと思うのだけれど、違うのか? あんたがあんたであることは、あんた自身しか評価出来ないだろ。それとも、アレか? 他人の評価をずっと聞いていないとやっていられないタイプ? だとすりゃあ、息苦しい生き方をしているものだけれどね」
「現代社会で生きる、ということは……そういうことだろう? 多分」
「——で、あたしがどうして殺人鬼になったのか、って話だったよな?」
そうだった。
バベルプログラムの話が出てから、すっかり道筋を逸れてしまった。
「あたしが殺人鬼として優秀なのは、ちゃんと理由がある。つまり、殺人を犯しても見つかりはしないプロセスが存在する訳だ」
「プロセス?」
「認識……或いは自覚、とでも言うか。それを騙すことが出来る。分かるかな?」
「認識を……騙す、だって?」
何を言っているのか、さっぱり理解出来ない。
「人はどうして他人や物質を認識出来ると思う? それは、感覚があるからだ。五感でも感じられるのかもしれないけれど……、しかしそこには少なくとも『何か』がある、というのを認識出来る訳だ」
「成る程?」
つまり、認識を騙すってことは、その感覚を偽るということか?
「ご明察。そういったところは、頭の回転が速いな。……ああ、いや、別に馬鹿にしたつもりではないよ。認識を騙し、そこには誰も居ないと信じ込ませる」
「でも、それだと……ぼくも消えてしまうんじゃ?」
「騙すというのは、何も消えてしまうだけではないよ。例えば、それに触れるだけで——既に出会ったと誤った認識を植え付けることだって出来る。錯乱させる、とは言い過ぎだけれど……」
「末恐ろしいな。そりゃあ……」
バトル漫画で敵として出てきたら、勝ち目がないのでは?
まあ、多分この作品がバトルものに変貌することはないのだろうけれど……。
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