第52話 通話

「……成る程な、殺人鬼がそんな依頼を?」


 ぼくは、松葉杖をついて病院の中庭にやってきていた。中庭というよりかは、食堂のテラス席みたいなものだ。

 何故なら病室では、電話を掛けることが出来ないから。

 まあ、仕方ないかな。そればっかりは、致し方ない。ぼくだってルールを破って生活したくないし。

 テラス席でもあるので、テーブルがある。

 寒空かどうかは置いておくとして、何故だか利用者が少ないので丁度良い。

 Zoomを繋ぐには、うってつけだ。


「……しかし、入院中でも仕事を見つけてくれるとは、痛み入るよ。もしかしたら死んだとしても、仕事を頂けるのかな?」

「縁起でもないことを言うんじゃねえ。こっちだって、ほんとうは仕事をしたくなかったよ……。久方ぶりの、何もしない休暇を味わえるとばかり思っていたんだ。仕事がやって来たんだよ、仕事の方から、な」


 嘘は吐いていない。

 実際、心霊探偵のことを考えないで生活するのも、悪くないことは分かってきたし。

 しかし、死んでも仕事を提供するのでは、か……。笑い事じゃないけれど、笑えるな。


「心霊探偵の仕事なんて、別に無視してくれても良いのにな。もしかして無視出来ない理由でもあったりした?」

「馬鹿も休み休み言え。……そんなことある訳がねえだろうよ」

「翻って、面白い内容だとは思わないかい?」


 翻るな、翻るな。

 話の筋がぐちゃぐちゃになっていることを、理解していないのかよ。


「……まあ、面白い話であることは間違いないな。殺人鬼は、やっぱり何処か抜けているというか、オカシイところがあるのやもしれないけれど、もしかしたら今回はそれなのかもしれないよな」

「ちょっと何言っているか分からない」

「分かれ、分かれよ……。ネタを挟み込む余裕はねえんだよ。病院のフリーワイファイじゃ、あんまり会話を続けることも出来やしない」

「そもそもフリーワイファイとやらで、映像付き会議をしようとしたことが間違いでは? スマートフォンでVTuberの配信をするようなものだろう?」

「……」


 ちょっとだけ、面食らった。

 こいつ、こんなに機械詳しかったっけ?


「……何面食らっているんだ? 僕ちゃんだって勉強はするよ。暇を持て余しているからね、心霊探偵の仕事がないということは、心霊絡みのトラブルが起きていないことだし、別にそこは悪くないと思っているけれどね。人一人ぐらいが餓死したってね」

「いや、良くないだろ……。ちょっとは自分の身体労っとけよ」


 こいつはいつもそうだ。

 放っておくと、ふらふらと霊のことばかりを探求するようになる——そんなことを続けていては、死んでしまうだろうなんてことは幾度となく伝えている。

 いい加減、ちゃんとした生活をして欲しいものだ。

 しかしながら、それをしてしまっては、それはそれでぼくもやり甲斐がないのは事実……なのだけれど。


「……ともあれ、仕事は仕事だ。依頼は受けるよ」

「そう簡単に言って良いのか? いや、こっちから仕事の話をしておいて何だけれど」

「……たーくんは僕ちゃんに如何して欲しいんだい?」


 如何してほしい、って言われてもな。

 そりゃあ仕事を依頼している以上、受けて欲しいところはあるけれどね。

 一応、キックバックは貰えるのだし。


「殺人鬼はスマートフォンを持ち合わせていないのかな?」


 持っている訳があるか。

 指名手配されている人間が、自ら足がつくようなヘマをするとは——到底思えない。


「冗談だよ、冗談……。まあ、どうやって連絡を取るかってのは問題ではあるね。流石にこちらへは来てくれないんだろう?」

「そりゃあ、来てくれないだろうなあ……。指名手配されているかどうかまでは見ていないけれど、自らを殺人鬼と宣う人間だ。危険人物であることには変わりないだろうし」

「でも」

「うん?」

「でも、会ったんだろう。たーくんは」


 避けられなかっただけだよ、普通に考えて。

 避けられるのならば、ぼくだって避けたかった。殺人鬼との邂逅なんて、絶対にしたくないことだし。


「そういえば……」

「未だ、何か?」


 言ってはいけないのか、これ以上?

 何か用事があるんだったら、そっちを優先してもらって構わないけれど。

 何せこっちは入院患者だ。時間は有り余っている。


「……別に何でもないよ。言葉尻を取るんじゃない……。僕ちゃんは忙しくないからね、何時だって話に集中出来る。ただ単純に、話を聞きたかっただけだろう?」

「そうか。なら、良いのだけれど……。その殺人鬼もバベルプログラムの出身らしかったな」

「ほう」


 そこで、神原の顔つきが若干強ばったのを——ぼくは見逃さなかった。


「だから、案外顔見知りじゃないか? そう思っただけで、実際は全然面識がなかったりするのかもしれないけれど」

「顔見知り? ……いやいや、そんなことはないと思うけれどな。記憶力は、自信ある方だし」


 そりゃあまあ、探偵をやっているぐらいだしな。


「覚えているなら、猶更会いに来てもらえば良いじゃないか。駄目なのか?」

「……良いけれど、連絡先は?」

「………………あー」


 そういえば、連絡先を交換した覚えがない……。


「次はいつ来ると?」

「まあ、いつでも来るんじゃないかな。……申し訳ないけれど、その時に聞いておくよ」

「毎日でもやって来るのか?」

「分からないけれど、連絡が来ていないと分かれば、確認にやって来るんじゃないか? そのタイミングを狙うよ、もしかしたら会議をするかもしれないけれど」

「二十四時間待機しておけ、って?」


 そこまでは言っていないけれど、間違いではないかな。

 そうして、ぼくは長いWeb会議を締めくくった。

 今晩、また来てくれれば良いけれど。

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