第55話 モブと食事

>> ロー


目を覚ます。

視線。

サンドラが、身支度も整えず、俺を覗き込んでいる。


「おはよう……先に起きたのか」


サンドラは、俺に絡みつき、耳元で、


「睡眠は取れないんです」


取らなくて良い、ではなく、取れないか。


「お陰様で、一晩、ローさんの寝顔を堪能できました」


「……それは、暇だったろうに……」


「いえ、大変有意義な時間でしたわ。ローさんだって、一晩中奇声を聞きつつ、周囲に人間はほぼおらず、自身もいつおかしくなるか分からない……そんな状況は嫌でしょう?」


「うむ」


「一人の女として、男に抱かれている。そんな普通の状況が、どれだけ奇跡か……」


「……確かに」


しゅるり


サンドラが、服を纏う。

魔法で出したのか、一瞬の事だ。


「私は食事は必要としないのですが。ローさんは、何を食べられますか?」


食べられない、ではなく、必要としない、か。


「携帯食を齧っておく」


ブロック状にした食料がある。

時間や余裕が無い時には便利だ。

味はお察しだが。


ゴルファがいた世界では、こういった携帯食ですら、美味しかったらしい。

幾つかは再現したが、お湯に入れると美味しくなる簡易食も豊富だったとか。


「では、参りましょうか」


俺が食べ終わるのを待って、サンドラがそう告げた。


--


>> ロー


サンドラの先導で、隠し通路、路地、そういった物を利用しつつ、進む。

息を潜め。

潜伏スキルで俺とサンドラを覆い。


昼間は、魔族の力が弱まるらしい。

それでも、生きた心地はしない。


無事に街の外に出て。

小さな林の岩陰で、一息つく。

こういった遮蔽物の側では、潜伏スキルが強化される。

岩穴等が有れば、更に有効なのだが。


「……凄いですね。ここまで、こうも楽に来れるとは。まだ安全圏とは言い難いですが、追跡は相当困難な筈です」


「ファムディアに入れば、『友人』が来てくれる。徒歩で2週間、まあ、そこそこの距離だな」


『友人』とは、ダンジョンマスターの事だ。

あまり大手を振って干渉はできないらしいが、魔王に世界を壊されるのも困るらしい。

可能な範囲で力を貸してくれている。


エステルちゃんの転移魔法なら一瞬だったんだが。

サンドラは多分、使えないんだよな。

いや、短距離なら、転移している気はするが。


「そうですか。恐らく、ローさん1人であれば、もっと早く、楽に脱出できますよね。私は恐らく、『奴』も探知しやすい筈なので」


サンドラは、俺の手を取ると、


「お願いが有ります。私を殺して下さい」


「却下だ」


サンドラは、困った様に、


「私が再び消え、魔王に吸収された時……世界が終わる予感が有ります。私を殺せば、それは阻止できます。私を信じて下さい」


「なあ、サンドラ」


「はい?」


「俺は、世界がどうなろうがどうでも良いんだ。ただ、惚れた女と共に生きたい。それだけだ」


「惚……な、何を言ってるんですか!」


ええ……


「すげー美人だし……えろいし……」


そっと抱きしめ、耳に口をつけ、


「良い女だし……可愛いし」


「か……私が可愛い……?」


へたり


サンドラが座り込む。


その口に……


「ふわ!?」


シュークリームを突っ込む。

エドラ特製、特濃クリーム、濃厚バターのシュークリーム。

焼き立ての美味しさを味わうが良い。


「……美味しい……美味しい」


サンドラの目から、涙が溢れる。


「久々に……食べました……でも……こんな美味しい物、初めて……」


「肉も喰え。人間、落ち込んだ時は肉が良いらしいぞ」


じゅううう


寝かせながら焼いた、ブルーバッファローの熟成肉のステーキ。

美味しさは、ゴルファのお墨付き。


「……う」


音が、香りが、食欲を無限に殴打する。

フォークとナイフを渡す。

サンドラが口に運び……


「美味しい……美味しい……」


「喰え」


まだまだ有るぞ。

クラーケンの霜降りの刺し身を乗せたイカ丼。

ロック鳥のモモ肉で作った唐揚げ。

アイスポテトで作ったフライドポテト。

ゴルファの知識と、この世界のレア素材のコラボレーション。

……やっぱり俺、料理人の方が向いてる?


思った通り。

サンドラは、食事は可能だ。

味も分かるらしい。

恐らく、食事不要という事から、逆に食べられる量にも上限は無い。


「ありがとうございました。凄く美味しかったです」


「馬鹿な考えは改まったか?世の中には、美味いものが溢れている。楽しい事も溢れている。俺と共に生きろ」


「……でも、私が生きていると」


「生きているからこそ、魔王が完全体になれない。違うか?」


そう。

そもそも、サンドラが死んでどうなるかなんて、分からないのだ。

むしろ、そのまま魔王と融合する可能性の方が高いと思う。


「魔王が完全体になるのを阻止する為に、生きろ。ファムディアに行けば、ダンジョンマスター達もいるし、ゴルファの奴が用意した対魔王対策の兵器も有る」


「……」


反論はできまい。


ふと。

サンドラが、小首を傾げる。


「あの……今のお食事、どうやって用意したのででょうか?」


ああ、そう言えば言ってなかったか。


「俺の異能ユニークスキルだな。食事を保存しておけるんだ」


異能ユニークスキル持ちだったのですね。保存……それは便利ですね」


「便利かなあ……食事に限定されているし、1枠に1食しか入らないし……戦闘の役に立たないし……かなり微妙なんだよな。まあ、今はこの異能があって良かったと思っているよ。サンドラに美味しい物を食べて貰えたからね」


サンドラは、少し考えて、


「保存、と言いましたか。中に入れた物は、かなり長期間……いえ、そもそも、作りたての様な……」


「ああ。中に入れた物は、時間が止まるらしいね」


サンドラは、また少し考えると、


「時空的に完全に隔離された空間……それは相当凄い能力なのではないでしょうか」


「72種類しか保存しておけないからなあ……」


1品ずつだから、複数人で食べれば一瞬でなくなるという。

普段は保存食か現地調達、たまに美味しい物を食べる、そんな使い方が精々だ。


サンドラは、俺を見ると、


「ローさんは、やはり甘いです。私がいつ消えて、魔王と一つになるか……いえ、そもそも、今こうしているのも演技かも知れないのに。隠しておくべき力を明かし、本拠地であるファムディアに招き入れようとするなんて」


「惚れた女に、隠し事をする意味はないだろう。別に、ファムディアが滅ぼされても良い。サンドラが俺と共にいてくれるのであれば、ね」


サンドラは、真っ赤になると、


「ローさんは……ずるいです。私、そんな……」


そっと、サンドラに手を回し、


「今度は、俺が食べる番だな」


そう、耳元で囁く。

……実は、若干お腹が空いている。

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全てを失った転生チート勇者と、堕ちたる地雷女神と、勇者の友人枠のモブ(主人公)。その無理ゲーとか糞ゲーというのはどういう意味だ? 赤里キツネ @akasato_kitsune

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