第54話 モブと炎の女神

>> ロー


最早、隠す気は無い。

王城に着くと、多種多様な異形が出迎え。

一様に、サンドラに頭を下げる。


やはり……サンドラが、今生の魔王。

いつ覚醒したのかは不明だが。

案外、生まれた時からかも知れない。

ゴルファの預言って、一体……


「……その人間は?」


戸惑った様子で、強そうな老人っぽい魔族が尋ねる。


「我が伴侶とする。美味そうであったからな」


「なっ」


……せめて性的な意味でだよね?

食事的な意味じゃないよね?


「……は、承知しました。魔力量的にはお勧め致せぬこと、一度だけ申し上げます」


世継ぎを生むなら、相手はそいつじゃねーだろ。

そういう意図だ。


サンドラは、冷笑で応える。


1人1人が、俺が100人いても勝てない相手。

居並ぶ魔族の列を抜け、豪華な扉へとたどり着く。

……王様とかどうなったのだろうか?

碌なやつでは無かったみたいだけど。


部屋へと入る。

……断絶結界。

中には転移不可、遮音、気配さえ感じられない。

何をされても分からない、結界か。


「見えるか?」


サンドラは、窓辺に近づくと、見下ろして問う。

目は良い方だ。

見えた光景は……


「老人が、兵士に連行されていくな」


「大掃除だ。街の外に、全てのゴミを集めている」


……


幾人か、残っていた人々がいた。

そういう人達を、一堂に集めているのだ。


「どうする?」


「あちらに、巨大な牧場を築いた。効率的に溶かせる設備も併設してある」


そこで閉じ込め。

溶かす、とは、魔力錬成の材料にでもするのか……


「それ、全員揃った様だ。何かできる事は有るのか?」


兵士達と、住民が、町外れに整列。

マリンの姿も見える。

さて……


座標、範囲……


ジッ


兵士と住民が光に包まれ、消える。


「……緊急脱出術式。良いのか、お前が自分で逃げる為の物だろう?」


「俺もあっちにいるのが理想ではあったな」


「制約……街の外、結界が薄い事。そして、屋外である事、といったところか」


「後は、1回しか使えない事だな」


別に、ブラフではない。

回路が焼き切れて壊れたし、待ち受け側の魔法陣も使い捨てだ。


ともあれ。

これで人質の心配は消えた。


後は……


俺は、サンドラを見る。

特に、怒っている様子は無い。

むしろ……想定の範囲内といった印象。


サンドラは、力無く俺の手を取ると、


「ローさん……全てをお話します……」


纏っていた負のオーラが、霧散する。

その雰囲気は、エステル達と変わらない、少女の様な雰囲気。


儚げな、守ってあげたくなる様な。


「私は、当代の魔王……なのだと思います」


……それは、予想通り。


「ある日気づくと、私は王城で魔族に囲まれていて……」


「……それは怖いな」


魔王覚醒時に意識が消えたが、最近戻った?

そうなると、やはりさっき人間を1箇所に集めたのは、俺が緊急脱出様の術式を用意していると期待して。


「しかも、自分と同じ顔の派手な格好をした女性が、怪しく踊り狂っておりました」


「……ドッペルゲンガー?」


「いえ、初代魔王ですね。各地の封印を解いたので復活したようです。同じ顔なのは……私が、初代魔王の魂を引き継いでいるからだそうです」


先祖と子孫的な?


「見ての通り、王都は魔族に支配されています」


窓から見える風景。

兵士が、手をバタバタ、頭をゆらゆら。


「あの踊りは一体……」


「分かりません。が、見ていると正気を失う気がするので、あまり見ない方が良いと思います」


確かに。


「信用しろとは、申しません。ただ、貴方は、何とか逃がさせて頂きます。明日の朝、隠し通路から街の外へ。移動手段は用意されていますか?」


「徒歩になるな」


馬車で来たからな。

新たな馬車は、多分来ないだろう。

来てもらっても困るが。


さて、そうと決まれば、明日に備えよう。



寝ようとする俺の手を、サンドラが握る。

震えている。


「怖いんです……いつまた、自分が消えるのか。私という存在が、誰の記憶にも残らないのが」


魔王。

それが、みんなの唯一の認識となる。

エステル達でさえ、サンドラに心が残っているとは考えていなかった。

最大の親友達がだ。


「我儘は承知しています。この身体と……貴方の心の片隅に刻んで下さい。私がいた証を」


絶世の美女。

触れば切れる様な闘気は消え。

儚げに震える。


近づく。

熱気が、芳香が、魂に染み込む。


……これに耐えられる者は、人間ではないだろう。

いや、そんな事はどうでも良い。


俺は、サンドラの肩を掴んだ。

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