Hologram*1*Side:She
知りたいこと全てが
形として分かれば良いのにと思う。
仕事を終えて、残っている人達に
お疲れ様でした、と声をかけながら
自動ドアを通り抜けると
歩道端の柵に腰掛けている影を見つけた。
「...何してんの?」
掠れた声で問えば
その影はそれに応えるように
ゆっくりと面を上げた。
「あー...お疲れ様です。
待ってたんですよ。」
「誰を?」
「決まってるじゃないですか。」
「決まってるじゃないですかって
言われても...。」
困惑する私を他所に
彼は柵から立ち上がると
数歩進んでから此方を振り返った。
「行かないんですか。」
いつもの変わらない
何を考えているかわからない表情。
ただ、瞳は真っ直ぐに此方を捉えていて
促されているのは私だということに気付いた。
「もしかして...私を待ってた...?」
ほぼ確信していながら
とぼけたような問いを溢す。
その問いに彼は表情を変えないまま答えた。
「他に誰がいるんですか。」
そう言うや否や
彼は再び歩みを進める。
そのまま、振り返る気配のない背中を
呆然と眺めた。
ずっとずっと
私だけが、好きだった。
仲間たちに隠れて
純粋に仲がいいように見せながら
虎視眈々と近づくチャンスを窺っていた。
女の子に人気があるのに
誰のものにもならない彼の
仲のいい先輩として側にいて
密かに心の中で牽制をしていた。
『誰も近づかないで』
同い年の女の子と仲良さげに彼が話す度
心の奥にドス黒い気持ちが生まれた。
最初はただ、ありよりのありだっただけなのに。
ある日突然、好きになってしまった子。
でも、今更
明確に何かを変える勇気はなくて。
どれ程好きを募らせても
どれ程近くに行こうとしても
あの思考の読めない表情を向けられて
寧ろ、彼の同い年の子たちと比べて
何処となく壁を感じていた。
決してその心が
私に向くことはないんだと思っていた。
それぐらい、私の存在は
彼の中でちっぽけで
ないようなものなのだと思っていた。
それでも。
心の何処かで望んだ。
愛されることを。
同じだけじゃなくていいから。
私が向ける想いの方が
大きくてもいいから。
気まぐれでも
一瞬の気の迷いでも
もうなんでもいいから。
彼から愛されることを望んだ。
叶わぬ夢だと思えば思うほど。
だから、つい、言ってしまった。
「...ぇ、ちょっと、なにしてんすか」
気がつけばそこそこ進んだ彼が
此方を見ていた。
全く動いていない私を見てそう呟いた彼は
少し、戸惑った顔をしている気がした。
あの日、イチョウ並木の真ん中で
突然、好きだと告げた私のことを
ずっと、どう思っているか気になっていた。
ただの仕事先の先輩。
たまに顔を合わせれば話すだけの知り合い。
通っていた大学が同じだけの先輩。
自分に告白をしてきた人。
自分に好意を抱いている人。
生物学上の女。
ただの、女。
それ以上でも以下でもない。
一周まわって興味のない人。
グルグル考えて
最後には自分がただの屑になるまで考えて
虚しくなって、悲しくなって
でも、それすらも私の思い込みでしかない事に
嫌悪して終わった。
あの感情の見えない表情の前では
何を考えたところで良くも悪くも事実はわからない。
悪いことを思われていても
わからないのだから、それでいいことにした。
今のところから這い上がる事もなければ
落ちていく事もないのだと。
そんな彼が
私に見せた表情。
私が思うように動かないことに
微かとはいえど戸惑う気配。
気まぐれでも
たまたまでも
この人は。
私の大好きなこの人は。
私がいないときに
私を思い浮かべ
私を待って
こうして、今、私を見ている。
「...帰らないんですか?」
私の行動一つに
感情を揺らしてる。
それだけのことが
こんなにも嬉しいだなんて
きっと
みんなに馬鹿にされてしまうと思うけど。
「ううん。帰るよ」
駆け寄って
触れるか触れないかの距離まで
縮まった彼の体温はもう離れる事はなくて
それが、答えなんじゃないかと思った。
例え、それが私の願望でしかなかったとしても
今はただ、信じたいと、思う。
隣で歩みを進める、彼の温もりを。
Stellae 星海芽生 @mei_h
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