第四十七話 不都合な真実
「よぉ、遅かったな兄弟」
(あぁ)
「どうだ真実にたどり着いた気分は」
(お前は全部知っていたのか?)
「あぁ。もちろん」
(何で何も言わなかった?)
「言ったら信じてたのか?」
(それは・・・・)
「それにお前の生活の中に、気づけるチャンスなんていくらでもあっただろう?」
(チャンス?)
「お前が自分の記憶が無い事や、声が出せない事の理由を知らないことに疑問を持たなかったのはなぜだ?」
(何故?)
「お前は、分かっていたんだ。自分が置かれている状況が不自然なことに。だが、目を瞑った。もしくは、自分に言い聞かせていたんだ。自分は普通だと。いわゆる正常化バイアスってやつかもな」
(お前に何が分かる)
「わかるさ。ずっとここにいたんだ」
奴は言う。
(いつからここにいるんだ?)
「ここにいるのは、五年前だ」
(やっぱりお前が、俺のもう一つの人格なのか?)
「すこし、話をしようか」
奴は俺の質問には答えずに言った。
「お前は今誰と一緒に住んでいるんだ?」
(まきなさんだけど?お前も知っているんだろ?)
「まぁな。じゃあ、そのまきなさんとやらは、お前の何なんだ?」
(俺の叔母だが)
「なぜ、お前は叔母さんと二人で住んでいるんだ?」
(それは・・・・)
「お前の家族はどこにいる」
(知らない)
「だろうな」
(お前は知っているのか?)
「あぁ。知りたいか?」
(あぁ)
「一ノ瀬凛斗にも、もちろん家族はいる」
奴は言う。
「父親、母親、凛斗、そして兄だ」
(俺に兄がいるのか?)
「まぁ。正確にはいただが」
(いた?)
「あぁ。一ノ瀬凛斗の兄、一ノ
(一ノ瀬冬夜)
「あぁ。頭が悪く、いたずらばっかりしていた一ノ瀬凛斗とは違って、優秀な兄だったよ。まじめで頭が良くてな。いつも母親の仕事を手伝っていた。そんな、兄をずっと誇りに思っていた。途中まではな」
(途中まで?)
「一ノ瀬凛斗が、小学三年生のころ。父親が急死した」
(え?)
「それからだ、母親が一ノ瀬凛斗を置いて、兄と仕事にのめりこむようになったのは」
声が強まる。
「頭では分かっていた。それは仕方が無い事で、我慢しなければならないことだと」
(何の話をしているんだ?)
「だが、兄への尊敬はいつしか、母親を自分から奪い取られた憎しみに代わっていた」
(そんなことは)
「思ったさ。心の底では、憎しみにあふれていた。だから、」
(だから?)
「兄が死んだ時もなんとも思わなかった」
(そんな・・・・)
「むしろラッキーくらいに思っていたんだろうな。これで、やっと母親に構ってもらえると」
奴は悲しそうに言う。
「現に、兄がいなくなってからしばらくは、母親と話す時間が増えた。だが見ちまったんだよ」
(何を?)
「母親が一人で、毎晩泣いている姿を」
奴は続ける。
「結局、兄の代わりにはなれない。母親の悲しみを埋める器になれないと思い知った」
奴の声は終始悲しそうだった。
「そして、一ノ瀬凛斗の中に形成されたもう一つの人格は兄の一ノ瀬冬夜に非常に酷似していた」
そこまで話して奴は言った。
「まぁ、ざっとだがこんな感じだ、父親の事は後でお前の母親に聞いてくれ」
(俺の母親?)
もやもやした気持ちが立ち込める。
「そろそろ時間だろ?」
奴の言葉で、本来の目的を思い出した。
(そうだった。なぁ、分かっていると思うが、俺たちは一つの人格に統合しなくちゃいけないんだ)
「お前、それまだ信じてるのか?」
(何?)
「一ノ瀬凛斗に打ち込まれたCINは完全な未完成品だよ」
(どういうことだ?)
「その薬は、もう一つの人格。アナザーを体内から取り除く薬だ」
(え?でもまきなさんは中和剤だって)
「本来はそういう目的で開発されたんだろう。だが、冷静に考えてみろ。人格を一つに統合するなんて、そんなことができると思うか?」
(それは・・・・)
「実験が成功したことなんか無いのさ」
(ならどうして、まきなさんはそのことを黙っていたんだ?)
奴は何も言わない。
(アナザーが消えるってことは、お前、消えるのか?)
奴はしばらく黙ったあと言う。
「一ノ瀬凛斗の中に生まれたもう一つの人格は、兄の一ノ瀬冬夜のような人格だ。冷静で、優しく、勉強ができる」
(何が言いたいんだ?)
「一ノ瀬凛斗の中に発現した、もう一つの人格、アナザーは・・・・お前だよ。冬夜」
作者からの一言
おはようございます。
もう十月も折り返しましたね。
早すぎて悲しいです。
黒崎灰炉
声が出せない俺の意図を、親友のメイドだけが読み取ってくる。 黒崎灰炉 @HairoKurosaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。声が出せない俺の意図を、親友のメイドだけが読み取ってくる。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます