第四十六話 忘却の名のもとに
{別の人格?}
俺は、まきなさんの口から発せられた言葉に耳を疑った。
「うん。それが、君に眠る秘密だよ」
{どうして・・・・}
「これを見て」
そう言ってまきなさんが、出したのは一輪の花だった。
{これは?}
「これはね。今から約十年くらい前にアフリカで発見された[パラディス]という植物よ」
{パラディス?}
「えぇ。この植物に含まれる成分をもとに作られた化学兵器[レーテ]を使用した、計画的大規模テロ。それがパージデイよ。あなたは、それに巻き込まれた被害者なの」
言葉が出ない。
「凛君。頭が追い付かないのは分かる。私もうまく伝えられる自信がないから。でも、あまり時間がないから、今は重要なところだけ伝えるわね」
早い口調なわけではないが、緊張しているのが分かる。
「いい?この、レーテにはメインとなる作用の他に、いくつかのサイドエフェクトが確認されているわ」
{副作用ってこと?}
「えぇ。まず、主な作用は、被害を受けた人間の中に後天的な人格を形成すること。私たちは、もともとのその人間が持つ本来の人格をオリジナル。後天的に形成された人格をアナザーと呼んでいるわ。そして副作用は、一部の記憶の欠損、虹彩の変色、そして対象が十五歳以下の子供の場合、体の一部の機能の損失よ」
{体の一部の機能の損失?}
「そう、どの機能がどの程度損失するかは個人差があるわ。凛君の場合は声帯機能。つまり、声の損失よ」
(そうだったのか)
「そしてね、その二つの人格を統合する薬、[強制人格中和剤]通称CINの開発が私の仕事なの」
まきなさんはカバンから、オレンジ色の液体が入った瓶を取り出す。
{強制人格中和剤・・・・}
「人格を一つにする理由はいくつかあるけど、一つは、記憶の回復。人格がもう一つ形成されたことにより、もともと持っているはずの記憶の一部が欠損してしまっている状態を元に戻すためよ」
まきなさんは、緊張した様子で言う。
「そしてね、凛君。あなたは、当時のパージデイの超重要参考人として名前が挙がっているの」
{俺が、参考人?}
「えぇ。五年たった今でもあの事件はまだ解決していないわ。でも、事件当日あそこにいた君が記憶を取り戻せば、何かつかめるかもしれない」
{えーと、とりあえず。俺は、その薬を処方すればいいの?}
「それは・・・・」
{どうしたの?}
「私は、今までこの薬の開発に何年も費やしてきたわ。だけど、この薬はまだ未完成なの」
{どういう事?}
「本来この薬は、オリジナルとアナザーの人格を統合させなければいけないのだけれど、現段階でこの薬の成功率は、十パーセントもない」
{失敗するとどうなるの?}
「失敗のケースはいろんなパターンが考えられているわ。一番多いのは、オリジナルの人格は戻るけど、アナザーが消失し、記憶が完全に回復しないパターン」
{そんな危険なのに、人体実験が行われているの?}
「そうね、倫理的にはグレー。いえ、アウトかもしれない。でも、ここにいる人たちは、全員がその覚悟を持ってきているの」
まきなさんが言う。
{ならさ、その薬が完成するまで待つのは?事件解決には時間がかかっちゃうかもしれないけどさ}
「それができたらいいんだけどね」
{できないの?}
「えぇ。私たちが、あなたにこのことを今まで隠してきたのがその理由よ」
{どういう事?}
「レーテの被害者が自分の中に眠るもう一つの人格を自覚することはとても危険なの」
{どうして}
「詳しいことはまだ分かっていないのだけれど、オリジナルの人格がアナザーの人格に書き換えられてしまう可能性があるの」
{難しいんだね}
「ごめんなさい。私もできるだけあなたに気が付かれないようにしなければいけないとは思っていたの。でも、私が知らないところで貴方が何かの拍子に、自分の真実を知ってしまうくらいなら、私が伝えた方が安全だと判断したの」
{なら、使うよ}
「え?そんな簡単に決めていいの?」
{うん。どのみち使わなくちゃいけないんでしょ?}
そこに、迷いわなかった。
「だけど・・・・」
{まきなさん。俺はもう、自分だけが取り残されるのは嫌なんだ}
そう。俺だけ自分の世界に閉じこもっているのは、もう十分だ。
{それに、まきなさんの事も信じているから}
「凛君・・・・」
{時間もないんでしょ?}
「そうね、早い方がいいわね」
俺たちは、そのあと建物に併設されている病棟へ移動した。
「凛君。最後に確認するけど、本当にいいのね?」
病室のベットで横になっている俺に、まきなさんが聞いてくる。
{うん。覚悟はできているよ}
「そう」
{まきなさん。俺、まきなさんに会えてよかったよ}
「私もよ」
薄れゆく意識の中で、まきなさんは悲しそうに笑っていた。
「よぉ。兄弟やっと来たか」
作者からの一言
今日もまた一段と寒くなりましたね。
自分の家では、ストーブを付けました。
今年は秋がなかったような気がします。
黒崎灰炉
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