第一話 綾瀬川探偵事務所
京都市内、三条通の錦通り、古い街並みをそのまま残した商店街から少し外れる。日当たりの悪い小さな三階建てのビルの中にその事務所はあった。京都市内、三条通商店街の一部の層にひっそりと知られている個人経営の小さな探偵事務所。
綾瀬川探偵事務所。その寂れた扉を一人の少女がコンコンとノックした。
「白亜おるー? 入るでー」
扉を開いたと同時、大きな音を立てて部屋の奥で何かが崩れて倒れる。扉の向こうの踊り場まで吐き出された埃に少女は「わ!」と声を上げてステップを踏むように後ずさる。
「もー、なにやってんの白亜。また散らかっとるやん」
「んー、ごめんごめん」
気のない返事を聞いて少女はため息をつく。少女は名前を雪丸倫といった。
明るく色の抜けた茶髪に黄色いシュシュで髪をまとめ、丈の短いスカートからはまだ春先であるのに長い足をスラリと伸ばしている。制服は二条駅近くの私立高校指定の制服だったが、襟元のボタンはかなり際どいところまで外されかなりルーズに着こなしている。俗な言い方をすればかなりギャルっぽい。
「私が後から手伝い来るって言うたのに。なーんでさっきより散らかってるんよ」
言いながら口元を抑えて倫は部屋に入る。古本屋が多い京都の町にあって、それでもなかなかお目にかかれない程に雑多に散らかった部屋だった。
広さは14畳程度。部屋の奥にある窓からほのかに太陽光が差し込む。長年風も通していなかったその古い事務所は、誇りやら事件のファイルやらコンビニ弁当をまとめたビニール袋やらであまりに散らかり放題だ。
そしてそんな部屋の中心、デスクに広げた資料を被り付きで見るもう一人の少女がいた。
濡れたように艶やかな長い黒髪に赤いフレームの眼鏡。倫と同じ高校の制服を着てはいるがその着こなしは正反対、襟元のボタンは喉元まできっちり留め、スカートも膝下まできちんと隠している。深窓の令嬢、そんな形容がぴたりとハマるような清楚な印象を与えるが、資料を食いつくように読み入るその瞳だけは、おもちゃを与えられた子供の様に爛々と輝いていた。
綾瀬川白亜。、高校一年生。この事務所の今の時点での所長である。
「いやあ、初めてここ入ったけど凄いね! まるでテーマパーク!」
「探偵の事件記録をそんな楽しそうに読むん、多分白亜ちゃんだけやよー?」
紙の束を避けてデスクに着いた倫は興味深そうに資料を覗き込む。それは白亜の祖父が探偵時代に解決した依頼内容についてのレポートだった。
「お爺ちゃんの解決した事件やろ? めっちゃ有名な探偵やったんやんな?」
「めっちゃどころじゃないわ! めーーーっちゃ凄いのよ!」
「言い方やん」
宝石の様に目を輝かせる白亜に倫は苦笑いする。
「お爺ちゃんはね! 西に東に難事件があればすぐに飛んで行って、神がかった推理力であっという間に解決してきたの! 一昨年に南米に事件の調査に向かって行方不明になっちゃったけど、でもお爺ちゃんが現役の頃は未解決事件の数が四割少なかったとさえ言われてるの!」
そう言ってデスク上の資料に音をなり立てて手を置く。
「これはお爺ちゃんが今まで挑んできた事件の記録! 一つ一つが生涯一度出会うかどうかっていう大推理ショーなのよ!」
「へー、ホンマに凄い人やねんなぁ」
「凄いどころじゃないわ! スッッッッゴいのよ!」
「だから言い方やん」
熱の籠った声で語る白亜。その表情は本当に嬉しそうで、もし白亜が犬なら千切れんばかりに尻尾を振っていただろう。
「だってもうこの春から高校生! いずれはきちんとこの事務所を継いで、お爺ちゃんにも負けない世界最高の名探偵になるの!」
「おー、凄いやん。白亜ちゃんは立派やなあ」
「え、えへへ……」
「でもそれやったら、脇道に逸れんとお部屋の片付けもきちんとしよな?」
「あ、うん。じゃああとこの事件だけ……」
「白亜ちゃん?」
「……はーい」
倫に気圧されて渋々頷く白亜。その時付けっぱなしになっていたブラウン管のテレビがCMからワイドショーへと切り替わる。その内容はつい一週間前に変死した現職の政治家についてであった。
「これずっとニュースやっとるなぁ。これの特番で関コレの特番潰れたんよーもう」
「ああ、これね……」
ぷんすかと頬を膨らませる倫の横で白亜はじっとテレビを見る。毒物による死亡だが現場からはほんの微量の毒しか検出されず、他の人間が誰も死んでいないという今回の事件。ニュースからの情報は少ないが、ネットなどでもその特異性から話題になっている。
――もしお爺ちゃんなら、どんな風に推理したかしら。
「はーくーあーちゃん?」
「わーごめんごめん倫!」
少しの間考え込んだ白亜だったが、倫にせっつかれて急いで作業に戻った。
探偵と電気椅子 空中逆関節外し @shimono_key
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