最終話 呪われ五輪


 §1 スポーツ振興

 妖怪ミュージアムが全貌を現し始めていた。

 ジキータたちはこのところ、奥三足にこもりきりである。妖怪ランドに出勤しても、やることがない。研修センターの来賓室に通され、名産のお茶を飲むだけなのである。

 帰りがよくない。ピヨピヨ寛道が移動スナック「百夜鬼」に誘う。龍子さんと山谷鍼灸師の悲恋を聞かされ、腰を落ち着けて飲める気分ではなかった。


 ジキータのスマホが鳴った。ピヨピヨ寛道からだった。

「妖怪カシマの担当者が会いたがっている」

 という。

 翌日、妖怪ランドに出勤した。

 妖怪カシマの担当を引き合わされた。見知らぬ紳士妖怪も一緒だった。

「この方は、広告代理店雷通でスポーツイベントを担当していた栗橋さんです」

 何事だろう。そういう業界がある、とは聞いていたが。


「研修センターに妖怪ミュージアム。これだけの施設は世界広しと言えども類を見ません。ただ、残念ながら、スポーツ関連では御ランドは遅れていると言わざるを得ません。体育館、グラウンドひとつない」

 言われてみれば、そのとおりだった。スポーツの機会に恵まれなかった妖怪たちは、野球とボクシングの違いが分かってないだろう。いずれも殴り合いをする競技だと思っている。マラソンなどさせれば、一〇〇走のペースで走ってしまうだろう。


「いかがでしょう。次の王国づくりのコンセプトはスポーツ振興ということで」

 妖怪カシマの担当は、山を切り開き、体育館やグラウンドなどを配置したスケッチを見せた。妖怪たちが躍動している姿も描かれていた。

「スポーツ施設が整っているに越したことはないでしょうが、妖怪たちにはあまりスポーツをする習慣がありません。精々、夜中に墓場で運動会をするくらいです」

 ジキータは実情を話した。

「スポーツを暗く考えすぎていますね。昼間、明るい太陽のもとで体を動かせば、妖怪の健康寿命はさらに延びますよ」

 と元雷通マンの栗橋某。間違ったことは言ってない。


 §2 寝耳に水

「私には夢があるのです。この村でいずれ妖怪オリンピックを開催したい。世界中から一流アスリートを集め、この自然、風土に触れさせたいのです」

 バスターズには栗橋某が何を言っているのか分からなかった。もともと大ぼらを吹く性格なのだろうか。


 いい加減に聞いていたので、誤解されてしまった。オリンピック招致の話はとんとん拍子で進んでいたのである。

 妖怪国際オリンピック委員会の総会で、日本妖怪共和国の首相が招致のためのプレゼンテーションを行った。

「次々回の五輪はぜひ我が共和国に。候補地は四国の妖怪ランドです」

 大型スクリーンに妖怪ランドの航空写真が写し出された。会場からどよめきが起こる。

「一部にご懸念のある、フクシマの汚染水は完全にアンダーコントロール(管理下)にあります」

 首相は言い切った。

 東日本大震災の津波により東京電力福島第二原子力発電所はメルトダウン(炉心溶融)を起こした。以後、放射能汚染水が絶え間なく放出され、特に海洋汚染に世界の関心が集まっていた。

 この状況下での「安全宣言」だった。何でもあり、の感はぬぐえなかった。


 こうして、周到な根回しのかいあってか、妖怪五輪の開催地が決定した。


 §3 恩赦

 五輪開催地が妖怪ランドに決定し、龍神はご満悦だった。

「寛道。五輪は国家の慶事ゆえ、恩赦を実施したいと思うが、いかがかな」

「大変結構と存じます」

「ついては、貴殿の祖先により、瓶に封じ込められているという大蛇二匹を無罪放免にしたいが」

 龍神は子供の頃、先代の龍神から二匹の大蛇の話はよく聞かされていた。信賞必罰とはいえ、ヘビは身内同然である。もう許してやってもよいのでは、と龍神は機会をうかがっていた。


 ピヨピヨ寛道はまず、村娘にちょっかいを出し、祖先の寛道に懲らしめられた大蛇を訪ねた。大赦の旨を告げると、瓶の中でのたくって喜んだ。

 次に、ひよひよ寛道が封じ込めた大蛇を訪ねた。ところが伝え聞く場所に瓶はなかった。


 この大蛇は村に凶事をもたらしていた。好色大蛇などはまだ可愛い方だった。それが瓶ごと消えていたのである。大変なものを世の中に放ってしまった。どんな災いをもたらすか、修験道の頂点を極めたピヨピヨ寛道の想像を絶した。

 ほかにも心配事はあった。

「由緒ある瓶に似せて、安価な壺が大量生産され、高額で売られるようなことにでもなれば、被害者が続出するぞ」

 ピヨピヨ寛道は気が気でなかった。

「ただ、ヘビが神の使いであるかどうかはともかく、お金には強い執着を持っている。それ故、人の弱みに付け込んで献金させたり、ポストを利用して私腹を肥やすような輩は見逃さないだろう」

 ピヨピヨ寛道は一縷いちるの望みを繋いだ。

 このことは、龍神はもちろん、バスターズにも内緒にしておくことにした。


 §4 分かれる世論

 第一関門を突破した妖怪五輪ではあったが、呪いにかかったかのように悪夢が続く。

 新型コロナ・ウイルスのパンデミックである。世界中が五輪どころではなくなった。

 開催国の共和国内ではそれでもなお、五輪開催に賛否が分かれた。民間の調査会社によると、当の妖怪ランドでは七割近くが開催に反対した。コロナを蔓延させるという心配に加え、自然環境の破壊を怖れたのである。

 説得のため、妖怪国際五輪委のウッハ会長も四国を訪れた。しかし、主催者側と地元との溝は埋まらなかった。


 強硬な首相を後ろ盾に、共和国の大会組織委は見切り発車した。開催費用の分担を決め、共和国側と妖怪ランドに提示、同時に、オフィシャルスポンサーの募集が始まった。巨費のかかる五輪だけに、スポンサー集めが成否を分ける。

 ここで力をふるったのが、開会組織委理事の栗橋某だった。彼は元雷通マンの経験と人脈を生かし、オフィシャルスポンサー企業の選定に尽力した。


 ウッハ会長や共和国の組織委の意気込みをよそに、コロナは収まる気配を見せなかった。

 開幕が四か月後に迫った三月下旬、共和国首相は苦渋の決断をした。「一年程度延期」となったのである。長い五輪史上はじめての出来事だった。


 §5 この世の果て

 奥三足村が雪化粧した。あちこちの窓から、降り積もる雪に明かりが漏れる。

 五輪が強行されていたら、こんなのどかな年末は迎えられなかっただろう。

 五輪が始まったら、どこか秘境へ避難することに決めていたので、バスターズはとりあえず胸を撫でおろした。首相の「アンダーコントロール」発言に、ずっと良心が痛んで仕方がなかったのである。


 ドクがヘッドホンで何かを聴いている。

「何、聴いてるの?」

 モンキが大声で話しかける。

 ドクがヘッドホンを外した。

「徳島のシンガーソングライターや。今年大ブレークした。米酢こめず健市けんしちゅう名前」

「米酢? もしかして、今年の紅白で妖怪ミュージアムから生中継されるのと違う?」


 バスターズはさかずきを置き、急いでラジオをつけた。まさに米酢が最終節を歌い終わろうとしていた。

 ピヨピヨ寛道にメールした。

「ただいま、ラジオで聴き申した。感動いたした(・∀・)。ご苦労でござった。よいお年をお迎えくだされ!」


 ジキータのスマホから、スキータ・デイヴィスの「この世の果てまで」(The End Of The World)が流れて来た。

「米酢もええけど、ジキータもええなあ」

 ドクがうっとりしている。ジキータもモンキも、ドクの間違いを指摘しようとは思わなかった。

 ドヤ街の三密酒場で出会ってから、数え切れないくらいの年月が経とうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

過疎化バスターズ〈妖怪ランド編〉 山谷麻也 @mk1624

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ