第6話 殿堂


 §1 都会の刺激

 龍神の接待にあずかった翌朝、バスターズは二日酔いでダウンしていた。

「今日は我らよんどころない用事ができまして、午後から出勤させていただきたいのですが」

 ピヨピヨ寛道に電話を入れた。

「いや。実は拙者も、その、よんどころない用事で……」

 寛道も午後出勤のようだった。


 バスターズは寝転がって、アルコールが抜けるのを待っていた。

「龍子さんの妹は、約束されていた龍神のポストをよく捨てたよなあ」

 モンキには腑に落ちないらしい。

「ライブか。田舎の若い妖怪は憧れるやろ。人間に化けてでも会場に入りたい、いうのも無理ないで。ワシやがドヤ街の三密酒場に通うたんと同じや。あの雰囲気は最高や」

 ドクはライブ会場と安酒場を同列に考えている。

「そりゃ、ドク。盛り上がっている点では変わりないけど。龍神の妹さんの趣味は高級だよ」

「ジキータ! 文化会館みたいなものを作り、若者から高齢妖怪まで楽しめる、いろいろな企画をやってはどうかな」


 バスターズは王国に急いだ。

 ピヨピヨ寛道はバスターズに叩き起こされ、思考回路はまだ閉じていた。

いまだに都会に憧れている妖怪は多い。それに、田舎では飲むことしか楽しみがないから、つい度を過ごしてしまう。これからは、ワクワクするような刺激の場が不可欠では――重要なことに気付き、用事もそこそこに駆けつけた次第でござる」


 §2 ミュージアム

 研修センターの会議室で午後一番のミーティングをした。

「いや。拙者もかねがね、貴殿たちと同じことを考えておった。酒は百害あって、利といえば精々五十か六十でござろう。さっそく、検討に入るといたそう」

 ピヨピヨ寛道も乗り気だった。


 王国内に建設委員会が設置された。

 ピヨピヨ寛道が委員長に指名され、総合プロヂューサーに妖怪建築界から安藤忠生ただお、妖怪音楽界から坂本龍二を招聘しょうへいすることとなった。


 建設用地の候補に研修センターのとなりがあがった。

 施設は、古き妖怪遺産を継承しつつ、新しい妖怪文化を創造・発信することをコンセプトとした。


 展示室には王国で出土した妖怪遺跡、王国に伝わる民具、世界の妖怪の実物大模型などが集められる。

 資料室には妖怪に関する自然・社会・人文科学的側面からの研究成果が集大成され、妖怪研究のメッカをめざした。

 関係者の注目を集めたのは妖怪芸能室だった。古今東西、世界中の妖怪音楽がデータベース化され、自由に視聴できる。質・量とも、現在では最高峰・ニューヨークの妖怪ミュージアムを凌駕りょうがするものをめざした。

 さらに出色だったのは、対象を人間の音楽にも広げた点だ。妖怪・人間を問わず、最新のヒット曲が網羅され、特設ブースではライブ会場の雰囲気を再現、コンサートホールも設けられ、随時、内外から一流アーティストを招くことになっていた。


「これだけのものが完成すれば、鳴門の渦潮と並ぶ四国の観光名所になりますな。国内の妖怪と人間だけでなく、インバウンドも期待できます」

 ピヨピヨ寛道は頬を紅潮させた。


 §3 接待攻勢

  ミュージアムの建設計画がマスコミで報じられると、委員長のピヨピヨ寛道はもとより、バスターズの家にも建設会社が日参するようになった。

 日曜日などはクルマが横付けされ、ゴルフ場に連行される。競合他社は平日の夕方、終業を待ち構えていて、移動スナック「百夜鬼」に拉致される。

「ジキータさんたちくらい有名になれば、そろそろ豪邸を構えてはどうでしょう。あんな小汚いところでは、いいアイディアも浮かばないでしょう」

 などと、酔った勢いで、失礼なことを言う営業マンもいた。


 工事の入札は公開で実施された。妖怪界からは地元の業者と日本を代表するゼネコンの四国営業所、また、人間界からはスーパーゼネコン二社と県内の有名建設会社一社の入札があり、妖怪カシマの四国営業所が落札した。


 §4 悲恋

 工事が始まった。

 王国の生態系に影響を及ぼさないよう、慎重に工事は進められた。安藤忠生は草木一本、石ころひとつに至るまで、現状からの変更をよしとしなかった。特にがけ崩れや地滑りの現場では補修などは厳禁とされた。妖怪王国の魅力が失われてしまうからだ。作業員泣かせだった。


「だいぶ、進んでおりますな」

 ピヨピヨ寛道は満足げに工事を見ている。

「どうです? 最近、龍神のご機嫌は」

 ジキータが訊いた。

「とても喜んでおられますよ。王国に文化施設ができるなんて夢のようだ、と申しておられます。もともと文化方面に関心が高く、スナックは何も好き好んでやっていたわけではないのです」

 ピヨピヨ寛道は意外なことを言う。

「ここだけの話にしておいてくださいよ。絶対に」

 ピヨピヨ寛道が小声で続けた。


 王国の掟に背いた龍子さんは、神殿に出入り禁止となる。スナックを開業して生計を立てていたが、客は地元の飲んだくれ妖怪ばかり。嫌気がさして、転職を考えていた矢先、盲導犬を連れた人間を見かけた。調べてみると、近くの町に住む鍼灸師だった。妖怪ランドに往診した帰りだった。何日も待ったが、鍼灸師は通りかからない。仲間から情報を集め、往診先の近くに店を移動させることにした。

 案の定、鍼灸師は店に寄った。酒はいける口のようだった。話をしていると楽しかった。いやされるひと時だった。

 スナックの住所は、夜啼き爺の像の近くで、保健所に届け出ていた。誰かがチクったのか、保健所からクレームが入った。

「移動式スナックは認められない」

 ということだった。

 龍子さんが困り果てていると、母の龍神が密かに助け舟を出してくれた。

「所長いる? いちいち細かいこと言うんじゃないよ!」


 しかし、好事魔多こうじまおおし。幸せな時間は長く続かなかった。ポスト龍神、乙姫だった妹が事業家をめざして、静岡に行ってしまったのである。

 王国が崩壊の危機に瀕していた。病床にあった龍神は、龍子さんを許して呼び戻そうとした。王国を取るか、鍼灸師を取るか、悩み抜いた龍子さんだったが、王族の血は争えない。鍼灸師と別れる決心をした。


「そんなことがあったのですか。で、龍子さんの気持ち、山谷鍼灸師はわかっていたんでしょうか」

 ジキータが訊いた。

「それは。どうでしょうね」

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