第5話 突撃、今日の晩御飯
「ふん、ふん、ふん」
俺は自宅のキッチンで鼻歌を歌いながら料理をしている。
父親は出張が多い職種で二、三ヶ月帰らないなんてことはざらにある。
母親も多忙で遅くまでの残業や会社に泊まり込みなんてことがよくあるので家にはいつも俺一人だ。
仕事大好き人間の両親は困ったものだが、生活費は置いてくれるので好きなものを買って趣味の料理に当てているので特に困ることはない。
「こうやって好き勝手料理できている間は幸せなんだよな」
そんな幸せのひと時にピンポーンとインターフォンが鳴った。
「誰だ。こんな時間に」
俺は火を止めてカメラを確認する。
「おーい。郁真! 来てやったぞ」
魅音だ。
向かいの家に住んでいるので気軽に来てしまうことは多々ある。
「はい。どうした? 何か用か?」
「ふふーん。突撃! 今日の晩御飯!」
魅音は茶碗と箸を持ってそう言った。
「えっと、いきなり何?」
「悪いんだけど、ご飯食べさせて」
「食べさせてってなんで?」
「今日はたまたま両親がいなくて一人で食べなければならなくなりました。お金だけ貰ったんだけど、コンビニ弁当とかって身体に悪いじゃない? それに私、料理なんてやったことないし、どうしようと思ったところ。そこであ、そういえば料理バカの幼馴染の存在に気が付いたってわけ」
「単純な理由で来たな。タダ飯喰らいが」
「ちゃんとお金払うから食べさせてよ」
「金はいらないよ。丁度良い。今日は俺の新作を作ったから試食してくれ」
「ラッキー。食費が浮いた!」
ルンルンで魅音は俺の家に上がり込んだ。
「今日は部活で頑張りすぎちゃってお腹ぺこぺこだよ」
「まずは手を洗ってくれ」
「はーい」
魅音は吹奏楽部でトランペット担当だ。
文化部なのに疲れることあるのか。まぁ、身体を動かさずともカロリーの消費は大きいのかもしれない。
「洗って来たよ。それで今日の晩御飯は何かな?」
「豚バラ肉の大葉ロールだ」
「名前だけで美味しそう!」
大葉を豚バラ肉で巻いて味付けをした後に中火で焼いたものだ。
巻く作業が手間だが、巻いてしまえば後は火加減を見て焼くだけ。
「さぁ、召し上がれ」
「じゃ、遠慮なく。頂きます!」
魅音は美味しそうに食べた。
「肉汁が溢れて美味しい。これならご飯何杯でも進んじゃうよ」
「そうか。沢山作ったからどんどん食べてくれ」
魅音の喜ぶ姿に俺はホッとした。
普段、俺を小馬鹿にする魅音だが、料理の前では無力になる。
というよりも素直な気持ちになるのだ。
この時だけ俺は魅音の上に立てる唯一の瞬間だ。
「フゥ。げっぷ! 美味しかった。もう食べられない」
結局、魅音はご飯を三杯食べてしまう。健康や体重を気にしていた奴がここまで食べきってしまうとは。俺の自慢レシピに追加することは確定だな。
「お粗末様でした」
食器を片付けようと手を伸ばした時だ。
「あ、皿洗いは私がやるよ。せめてものお礼に」
「いや、そのまま寛いでくれ。俺がやるから」
「そう、ありがとう」
俺は使った食器をシンクに運び、皿洗いをした。
明日の弁当用に持っていこうと思ったが、魅音のやつ全部食べたな。
まぁ、そこまで好評だったと考えれば別に気にしない。
弁当は弁当で適当なものを詰めればいい。
そんな時だ。
ギュッと魅音は俺の後ろから手を回して抱きしめた。
皿洗いの最中なので身動きが取れない。
「魅音。どうした? また、俺をからかいに来たのか?」
「違う。こうしたいだけ」
「こうしたいって。え?」
「なんかドキドキが止まらないの。しばらくこうさせてもらえるかな?」
「あの、皿洗いしにくいんだけど」
「郁真の都合は知らない。私の都合を大事にしてよ」
なんじゃ、それ。
それから皿洗いの最中、魅音は俺から離れることはなかった。
俺の邪魔をして困らせていることは間違いないが、少し違う気がする。
ちらりと魅音に目を向けると視線は下を向いており、顔が赤くなっていた。
「魅音。お前、本当にどうしちゃったんだよ」
「分からない。私の気持ちが安定するまで離れないから」
変なものでも食べたのだろうか。
俺の食材に変なものは入れていない気がする。多分。
だが、誰かと密着すると安心する感覚はなんとなく分かる。
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