舞踏会

ユキアネサ

舞踏会

「一つゲームをしよう」


 その男は言った。年は四十ぐらいだろうか、チョッキの上からでもお腹が出ているのが分かる。


「簡単だよ、俺が君の年齢を当てるだけさ。もし当たらなかったら、金輪際君には話しかけない。けれど当たったら一緒に踊ってくれるかい? 」


「いいわ、面白そう」サテン生地の深い青のドレスを着たケイトは片手を腰に当てながら言った。


「ふむ、そうだな」男は考えながら、テーブルの上で指を組み、両手の親指をクルクル回していた。


 ホールの中心で男女が踊っている。燦然と光るシャンデリアは踊り手たちを照らす。まるで春の息吹のように曲調は新しさに満ち、この一瞬にすべてが生まれていた。


「二十歳だ。どうだい? 」

「すごいわ! 」ケイトは初々しく言った。

「年の功ってやつさ。さあ、踊ろうか」


「君、舞踏会に来るのは初めてだろう」

 男はケイトの指と自分の指を絡ませながら曲調に沿って動かす。


「ええ、そうよ」ケイトは男の肩の後ろに手を回す。

「見すぎだ、人のことを。彼らは流れていく空気のようなものだ」男は体の軸をぐいっとずらし、ケイトに目配せする。


――なんでみんなちゃんと相手のことを見ないのかしら

 そうケイトは思ったが、男がすぐに話始めたので、唇が形どった主張は言葉にならず、もれた吐息ばかりが新鮮なメロディに溶けていった。


「君はまだ若い。けれど悲しいかな。君のその白く柔らかい腕は、ずんぐり太った醜い腕になり、その端正な腰はいつか壊れて、君は二階席に座ってダンスを眺めるだけになる。ほら、あそこにいる年取った夫人たちのように。そうして若者を見て昔はあのぐらい踊れたのよ、と言うようになる」


 男はケイトを引き寄せたかと思うと、急に離し、繋がっている手を高く上げケイト回した。世界は崩れるように回り、ケイトは急降下した気分になった。

 

――私はあらゆることの始まりにいたんだわ。この男がゲームだなんて言わなければ! 

 

 弦楽器が音を外し不快なつんざく音が響く。ケイトは男の腕に寄りかかり背を仰け反らせる。シャンデリアが鈍く光る。 


――幸せはどうして永遠に続かないのだろう。永遠ですら短いのに! 


 男がケイトを引き寄せて乱暴に回る。背景は無理やり引き延ばされたみたいに流れていく。


 踊りは終わった。魔法は解けた。

  

 次に、若いタキシードを来た男がケイトに手を差し出した時、彼女は慣れた、諦めたような顔で笑いかけた。


 そして、もう男の顔を記憶に留めることはなかった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

舞踏会 ユキアネサ @bible6666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ