第3話フェンスの向こう側
あなたとそれらの間には、フェンスが二枚挟まっている。その距離はどれくらいのものだろう。
〈●〉〈●〉
ああ、また何かがこちらを見ている。
あなたにはあれが何かわかるだろうか。
少なくとも、私にはあなたよりもわかる。私はフェンスを一枚消してしまった愚か者だ。あれらとの距離を自ら縮めてしまった、愚か者だ。
〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉
そのフェンスが消えたことで、私はあちらに近づいた。近づくことができるようになった。しかし同時に、あれらからも私に近づくことができるようになってしまった。
私にはあれらの姿が以前とは違って見える。
影だったものがはっきりとした人の姿に。動物の姿に。それとも、影のままか。
子供か、大人か。男か、女か。髪は長いか、短いか。どんな表情か。
人か。人か。化け物か。人だった化け物か。バケモノか。人の一部だったものか。者か。物か。それともモノか。
〈●〉〈●〉 テ
〈●〉〈●〉 テ
〈●〉〈●〉 テ
距離は格段に近くなった。テを伸ばせば届いてしまうかもしれない。
声が聞こえる。単なる音だったものが次第に意味を成す言葉へと。
あなたにこの音が聞こえるだろうか。聞こえるはずがない。
この音はフェンス越しでさえやっと聞き取れるものだ。あなたになど聞こえるはずがない。聞いてはいけないものなのだ。
聞こえるということはあれらに気づいているということ。見えるということはあれらとピントが合っているということ。聞いてはいけない。見てはいけない。あなたとあれらは、生きている場所が違うのだ。
あれらはフェンスを二枚隔てた遠くの世界にすんでいる。私のように
〈●〉ア〈●〉ソ〈●〉ボ〈●〉ウ〈●〉ヨ
〈●〉コ〈●〉ッ〈●〉チ〈●〉ヲ〈●〉ミ〈●〉テ〈●〉ヨ〈●〉ネ〈●〉エ〈●〉エ
一枚しか挟んでいない世界にいるのではないのだから、あれらに触れられても、ましてや触れ合うなどあってはならないことなのだ。
あなたと私の間には、薄い一枚のフィルターしか隔たりがない。フェンス一枚分しか隔たりがないのだから、いつだって取り払うことも飛び越えることだってできる。
あなたには私がどのように見えているだろうか。あなたには、私がまだ人に見えているだろうか。
フェンスを越えて、もっともっと先のものを見るのはとても楽しい。見えないものを、聞こえないものを夢見て想像するのはとても楽しい。
しかしそれだけなのだ。
あなたの目に私の姿がよく見えないのなら、それは私が遠くにいるから。二枚目のフェンスの限りなく近くに私が立っているということ。
私はもうすぐフェンスを越える。
あれだけ想像し、夢にまでみたフェンスの向こうへいけるのだ。
そこで私を待つものはなんなのだろう。誰が待っているのだろう。今まで遠くから見ていたあれらが、私を待っているのだろうか。喜んで、迎え入れてくれるのだろうか。
本当に私は、それで幸せなのだろうか。
ワタシハモウスグフェンスノムコウガワヘイク。
ほら、あれらはもう私にはテを伸ばしてこない。なぜなら、テを伸ばさなくても自分達と同じフェンスの向こう側へ私がいくと知っているからだ。
どうかあなたには、私と同じになってもらいたくない。
フェンスというものを重ねて見ることで、見えてくる現実や真実がある。フェンスで隔てることであなたは「安全」という空間を確保し、遠く離れたあちらの世界を見ることができる。それをどうか忘れないで欲しい。
見えるものが一部の片鱗でしかなくても、あなたには残りを補うように想像することができる。
私のように、フェンスを越えてあれらと同じものになる必要はないのだ。
最期に一つだけ、私から忠告をさせてもらいたい。どうか。どうか。
今後私がアナタヲこちらにさそっても、フェンスの向こう側には来てはイケナイ。
ソレハキット、私であってワタシデハナイノダカラ。
望んだ先に私を待っていたのは、フェンスの向こう側という死の世界であった。
しかし、あなたにはまだ望み願うことができる。ワタシタチのテを拒むことができる。
あなたにとってフェンスのこちら側とは、価値のないものなんかではない。まわりを見て欲しい。下を、上を、隣を見て欲しい。そこに何があるのかを、誰がいてくれるのかを見て欲しい。
あなたはまだ、こちらに来なくてもいい人なのだから。
あなたには、私には待っていなかった未来という明日が待ってくれている。それをどうか、忘れないで。
フェンス 犬屋小烏本部 @inuya
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