第2話フェンスの間

フェンスを隔てた向こう側には、よく見えない、よく見えないようにされた何かがいる。あちらからもこちらは見えているようではあるが、どのように見えているのかはわからない。


あなたの前にはフェンスが二枚ある。

フェンスを二つ隔てた向こう側には何かがいる。




ゆうらり

ゆらり




あなたは一番手前のフェンスにもたれて向こうを覗き込もうとする。

あれらはなんだろう。




ゆらゆら テ

ゆらゆら テ

ゆうらゆら テ




よく見えない。影のようにぼんやりと、朧にしか見えない。


それでいいのだ。

決してそのテを掴んではいけない。

あなたはまだ、あちらへ行ってはいけない。私のように。







私は以前、日常に飽きていた。つまらない。つまらない。変わらない毎日の繰り返し。

あなたはどうだろうか。今の日常に、満足しているだろうか。

私は。

満足できなかった。


新しいことが欲しかった。

刺激が欲しかった。

だから、私は想像した。ありもしないことを妄想した。そして、それを文にした。

妄想を口にしている間は、私はただの変人だった。頭がおかしい、狂った変人だ。しかし、文として形にしてしまえばそれは「作品」として周囲に受け入れられるようになった。

自殺名所で頻繁に撮られる心霊写真には、決まって同じ顔が写りこむ。襖と襖の間にさっきはなかったはずの暗闇が、目を向ける度に広がっていく。電話先の相手の声が突然豹変し、後日確認すればそれは死亡時刻と一致した。犬の鳴き声が子供の哭き声にしか聞こえない。炊き出しの豚汁の中には人の指が入っていたが、誰も気にしないで食べている。

私は妄想した。妄想して、それらを小説という形にして手元に残した。

気まぐれにどこかのコンテストに応募してみたりもした。見向きもされなかったが、私の妄想は「作品」として認められるようになった。

おかしな話だ。あんなに人を変人扱いしていたのに、形にしてしまえばそれを趣味の一つとして周りは見始める。


私は、それを「趣味」として小説という形にまとめた。

思えば、既にこの時フェンスの一つは消えていたのかもしれない。


私の言うフェンスというものは距離を隔てるものである。そしてそれは、目隠しのように視界を阻むもの。しかしそれは実際にある物ではない。

例えばそれは知識。古い伝承を知っていれば見えてくる何かがいる。名前を知っていれば、より具体的にそれの正体に近づくことができるだろう。呼び名を持たせることは、それらの姿を想像するきっかけとなるのではないか。


それらに興味を持つそれ自体がフェンスに近づくということなら、私のこの趣味は既に近づきすぎていた。しかし、まだフェンスが二枚全て消えたわけではない。そのことが私を安心させていた。油断もしていたのだろう。

どれ程それらから視線が注がれようと、まだフェンス越し。どれ程近づこうと、触れられることはないのだと思っていたのだ。


愚かにも、私は自分の手でフェンスの一つを取り払ってしまった。

それらが残った唯一のフェンスの向こう側でにやりと笑っていたことにも気づかず、私は踏み出してしまったのだ。

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