フェンス

犬屋小烏本部

第1話フェンスのこちら側

遠くに何かが見えている。それは、だんだんと近づいて来ては離れていく。

それは何か、誰なのか。

今のあなたにはわからない。


それの存在に気づいてしまってから、あなたはそれを気にならずにはいられない。




ゆらゆら

ゆうらゆら








ダダダ


〈●〉〈●〉


ダンッ




それは近づいて来ては離れていく。


あなたにはそれが何かわかっただろうか。

いつかわかる時が来たとしても、今はわからない方がいい。

それはじっと。じっと、こちら側を見つめている。私もあなたも、痛いほど視線を感じている。

しかし、普段はこちら側にやって来ることもなく、かといって視線が合うこともない。何故だろうか。

それらと私たちの間には二枚のフェンスがある。フェンスはそれらと私たちを阻み、隔て、距離を作る。それによって私たちはあちらへ行くことはできないし、逆にそれらがこちらへ来ることができなくなる。

視線が合わないのも、音が聞き取りづらいのも、そのフェンスがあるからだ。


あなたはそのフェンスを取り払ってしまいたいと思うだろうか。

いいや、それはやめた方がいい。

取り払った瞬間に、あれは悦んで目の前にやって来るのだろ

〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉




ああ、ほら。

そんなことを言うから、あれらは一斉にこっちに目を向けている。


目を背けなさい。あれらを理解することは不可能なのだ。

あれが何なのかわかったとしても、解ることなどできやしない。いつか解る時が来たとして、その時はまだ先であって欲しい。

安心しなさい。その時にはフェンスは自然になくなっているはずだ。







あなたにこう言うのはお節介かもしれない。しかし、どうかこの忠告を受け入れて欲しい。

どうか、自分の手でそのフェンスを取らないで欲しい。


かつて私も誰かに同じ忠告をされたことがある。そして、それを聞かずに前へ前へ。もっと近くもっと先へとあれらに近づいていってしまった。


ただの好奇心だ。つまらない日常の中にスパイスとなるスリルが欲しかった。


あなたも、そうではないのか。

過去の私のように、あちらにいるものを見てみたいと思うことは今までになかっただろうか。手の中に確かな形で収まっている現実とはかけ離れた不可思議な現象を、未だ説明のつかない理解不能な事件を。誰にも捕獲発見されたことのない奇妙な生物を。そこにあるはずのない影を。聴こえるはずのない声や音の発せられる音源を。捨てきれない違和感の正体を。

あなたは追い求めたくてたまらない衝動に駆られたことはなかっただろうか。

それは過去の私だ。

どうしてもあれが何なのか知りたくて、もっと近くでよく見てみたくて、多少の痛みも危険も厭わずにフェンスの向こう側を目指してしまう。

それは無意味で無謀なことだ。


そう怒らないでくれ。

過去の私がそうであったのだから、仕方がないだろう?

もしもどれかが的を射ているのなら、あなたも将来私のようになる。

その可能性があるということだ。

どうか注意して欲しい。あなたには私のような失敗を犯してもらいたくないのだ。

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