二〇歳(一五)

   二〇歳(一五)


 バンジー旅行から帰ってきたこずえは、正一と会っていた。

 いつものファミレスで、量だけは多いフライドポテトにドリンクバー。

「四匹並んで『ビートルズ』みたいじゃない?」

 バンジージャンプの感想はもちろん、奈良公園の鹿の写真を見せたり、こずえの話はいつまでも尽きなかった。

 正一はそんな彼女をずっと暖かな笑顔で見ていた。

「満喫したんだな」

「うん。バンジー飛んだあと、目の前がバーッと開けた感じ。これまでなんか色んなことでモヤモヤしてたけど、一気にすっ飛んじゃった。――財布もすっからかんだけど」

 こずえは最後に肩を竦め、話にオチをつけた。

「でも、九月からバイトするんだろ?」

「そうそう。私、夜の蝶になるの」

「おっさん臭い言いかただな」

『ピエロ』のママには、今日連絡したところだった。

「バイトが決まって、なんて言うかさ、肩の荷が下りたような、新しい荷を背負っちゃったような、よく分かんない感じ」

「いや、前に進んでるんだから立派だよ」

「ありがと」

「宮原さ、雰囲気変わった?」

「え、そう?」

「変わったよ。初めて会ったときはふわふわした、ちょっと意地の悪い女の子って感じだったけど、いまはなんだろう。目がぴしっとしてる」

「ぴし?」

「ぽやぽやしていたエネルギーが、一点に凝縮されたみたいな……」

「わぁ、ほんとなら嬉しいな! 私ね、『坊主、面構えが変わったな』って言われるのが密かな夢だったの」

「なんだそれ」

「へへ」

 一番身近な彼が言うぐらいなのだから、自分は本当に変わってきているのだろう。エネルギーに満ちているのはたしかだ。

「すっかり置いて行かれちゃったな」

 正一は苦笑いしていた。

「そんなことないよ。私、いま元気いっぱいでもまだやりたいこととか見つかってないし、先のこともよく分かんない。倉野はやりたいことがちゃんとあるじゃない。……小説の進みはどう?」

 小説の話になると彼はやはり表情を曇らせた。

「宮原を主人公にした作品、投げ出したり諦めたくはないけど、あんまり進んでないな……」

「そう。ま、焦らず頑張りたまえ」

 こずえは彼の肩をぽんぽんと叩いて言った。自分の中のエネルギーを分けてあげるように。

「……なぁ、今度の土曜日って空いてるか?」

「土曜日?」

(急になんだろう?)

 こずえは宙に視線を漂わせ、カレンダーを思い浮かべる……。

「空いてる。特に予定はない」

「それはよかった」

「おや? もしかしてデートのお誘いかな?」

 こずえはからかい半分で言ってみた。

 ところが、正一は否定しなかった。「そうかもしれない」

(おとと)

「俺、実は今度の土曜……誕生日なんだ」

「え、そうなの!」

「そういえば、誕生日の話とかしたことなかったな……」

「それも、そうだね……」

 もうかれこれ四ヶ月ちょっとの付き合いになるというのに、誕生日さえ知らずにいたとは。

 しょうもないことはお互いたくさん知っているのに。

「何歳になるの?」

 こずえはさり気なく訊いてみた。

「二一」

「二一?」

 こずえはさも初めて聞いたかのように驚いてみせた。

「ああ、一年浪人してたんだ」

「へー、そうだったんだ」

 過去の話をあまりしたがらない正一の口から初めて聞く話だった。

 ――彼が高校時代、校舎の屋上から飛び降りようとした。これは事実なんだ。

 秀樹が話していたあのことをふと思い出す。

(いや、本人が『浪人』と言ってるんだ)

 なら、これ以上は訊かなくていいことだ。浪人時代の話なんて話すほうも聞くほうも楽しくないだろう。

「笑うかもしれないけど、その、これまでは全然気にすることなんてなかったんだけど、なんでか今年の誕生日は一人でいたくないんだ」

 笑うかもしれないけど……、正一はもう一度口にした。

「笑わないよ」こずえは言った。

「俺も人並みのことがしてみたくなったんだ。誕生日を女の子に祝ってもらうとか、その相手が宮原だったら嬉しい」

 面と向かってこうも大胆な告白をされると、友達とはいえ、さすがに照れるものがあった。

 落ち着かず、こずえは前髪を触っていた。

(そろそろ切りどきかな)

 ずいぶん長くなっていた。

「私でよければ祝ってあげる」

「誕生日が待ち遠しいなんていつ以来かな」

 珍しく無邪気な笑顔を見せる彼に、こずえはこのとき、ほんの少しだけ母性をくすぐられた。

(わお)

 宮原こずえに母性なんてものがあったのか。

「まずは映画を観に行きたいな」

「ポルノ映画?」

「どこの『タクシードライバー』だよ」

「ですよねー」

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