二〇歳(一三)1
二〇歳(一三)
地方劇団エゴトリアムの看板女優、赤本茜引退公演『群青の夜の羅針盤』
地方劇団の公演というと、公民館や狭いライブハウスで行われるもの。
こずえはそういうイメージを持っていた。たぶんそれが一般的なイメージだと思う。
しかし、赤本茜の引退公演は、市内で一番大きな劇場を貸し切っての大々的なものだった。
この日の客数は二〇〇こそいかなかったものの、それでも少なくとも一五〇は超えていた。小さな地方劇団の公演としてはかなりの集客だった。だが、いかんせん劇場のキャパが大きすぎる。一五〇超の席が埋まっていても、こずえの目には空席ばかりが目立って見えた。後ろがガラガラの場内を見渡しているとなんだかワクワクしたが、同じぐらい物寂しくもあった。
「お手洗いは大丈夫か?」
開演一〇分前、劇場内の空気が徐々にそわそわし始めてきた。
「さっき行ったから大丈夫」
「そっか」
正一は座席の背もたれにゆったりと身を委ね、表情もリラックスしていた。
前から五列目、ステージから近すぎず遠すぎずの、丁度いい距離の席だった。
「ワクワクするね」
「ああ。開演直前の独特の緊張感っていいよな」
「分かる。こう、非日常のトンネルに一歩ずつ向かっていく感じがいいよね」
「千と千尋みたいな表現だな」
正一はこずえ語録にいつものように感心していた。
「もうすぐ開演だな」
「そうだね」
いまかいまかと椅子の肘掛けを握りながら、こずえは場内が暗くなるのを待っていた。
「劇場がゆっくり暗くなっていく時間が一番好き」
「同感」
やがて照明がゆっくりと消え始めた。
(キタキタキタ)
こずえは肘掛けをぎゅっと握り込んで、興奮を抑え込む。
「本日は劇団エゴトリアム赤本茜引退公演『群青の夜の羅針盤』にご来場いただきまして誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、携帯電話の電源は――」
アナウンスが済んだあと、劇場内は真っ暗になり、そして舞台の幕が上がった――。
居酒屋で飲んだくれている水商売らしき女。ぶつぶつなにか呟いていたり、いきなりげらげら笑い出したり、近くの客に絡んでいったり、よほど鬱憤が溜まっているのだろうか。
よくないお酒をぐいぐい飲み続けて、
「ああ、お先真っ暗!」涙ながらに叫んだ。
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