二五歳(四)

   二五歳(四)


 私、不倫をしていました。大学二年の冬から大学四年の春まで。

 相手はバイト先のお客さんです。

 当時スナックで働いていたんですけど、ある日、悪いお酒に付き合わされてひどく酔っちゃったんです。バイトが終わってからも通りでげぇげぇ吐いていたところを彼がたまたま通りかかって介抱してくれて……ああ、あのときはなにもなかったですよ。あれは紳士的な介抱でしたね。

 いつも一人で静かに飲んでいる人だったから名前も知らなかったんですけど、そのことがきっかけで少しずつ話すようになりました。「よかったら今度映画でも観に行きませんか?」ってママがいないときにこっそり誘われて、私も「いいですよ」って軽く返しました。

 それからずるずるずぶずぶ一年半近くも、はい、人の旦那さんと月一ぐらいでデートしていました。

 不倫をするような人って一般的なイメージだと四六時中女の子に目を光らせているような色魔とかちょい悪オヤジじゃないですか? でもあの人は、本当に普通の人でした。仕事は真面目にこなすけど特に目立った活躍はしない、清潔感はあっても特にカッコいいわけでもない……ようは地味な人でした。そういう人が世間知らずの女子大生を引っかけて家族を裏切っていたんですから怖い話ですよね。……お前が言うなって話ですけど。

 私達の関係は良好かつ穏やかなものだったと思いますよ。デートはいつも日帰りでしたし、それこそ映画を観てご飯を食べて「またね」って、あとは釣り堀で半日ぼーっと過ごしたりとかのんびりしたものでした。

 私、あの人に一度だって「奥さんと別れて」とか「もっと会いたい」とか言ったことありません。家庭を壊す気はなかったですよ。私だって奥さんから訴えられたくないですから。あの人も私に溺れるようなことはなかったです。お互い超えちゃいけない一線は基本弁えてましたから。……まぁ、お互いあの頃は色んなことに疲れていたから、ぬるま湯に浸かっているのが気持ちよかったんでしょうね。

 そういうわけで、別れを切り出されたときも私はちっとも取り乱しませんでした。

子どもができたからもう会えないって。私は「そうですか」って。「おめでとうございます」って。我ながら物分りのいい不倫相手でしたよ、ほんと。

 あの人、穏やかな口ぶりで切り出していましたけど、内心ドキドキだったでしょうね。いくら私が県外の企業に就職を決めたからって土壇場で「やっぱり別れたくない!」って泣き出したらどうするつもりだったんでしょうか? いまとなってはちょっと気になりますね。もう会うことはないでしょうけど……。

 たぶん、いいパパになっているでしょうね。不倫していた女子大生のことなんかもう忘れていると思いますよ。……私はまぁ、初めてをあげた相手ですから、ときどきは思い出します。優しい人だったよなぁって。初めて会った大人の男性だったなぁって。

 ただ、あの人のことを思い出すとき、最後にはいつも「いつかバチが当たってくれたらな」って意地悪なことを思っちゃうんです。

 だって、このままじゃちょっと悔しいじゃないですか。

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