二〇歳(九)
二〇歳(九)
警察の事情聴取は簡単なものだった。
……藤野さんとは仲がよかったそうですね……バーではどんな様子でしたか……あなたも悩んでいることがあったら一人で抱え込まずにすぐ周りに相談するようにしてくださいね……では。
時間にして二〇分もなかった。一人の女子大生の死はたった二〇分で処理された。その呆気なさに二人の警察官が帰ったあと、こずえは玄関で「はは」と乾いた声で笑っていた。
父親は仕事、母親は買い物。彼らの来訪が家に誰もいないときでよかった。
実名報道はされず、新聞でもニュースでもチラと報じられただけで、大学側も死因については箝口令を敷いていたが、こういう話に耳聡い人間はどこにでもいるもので、藤野沙織の旅先での飛び込み自殺は、学内ですぐに広まった。
六月の物憂げな雨とともに、同級生の自殺は学生達の気を滅入らせた。中には芸能人のゴシップでも楽しむように噂に尾ひれをつける不届き者もいた。そういう噂の常として、噂の出処はどう辿っても分からず(たとえ彼らに悪気がなかったとしても)繰り返される伝言ゲームは、藤野沙織という人間を辱め続けた。
ある日、学食で蕎麦を食べていたら、大原敦子と不愉快な仲間達がやって来た。
彼女達はさっそくこずえに沙織の死についてあれこれ訊き始めた。
悪趣味な好奇心は、はじめから透けて見えていた。
――藤野先輩と仲よかったんでしょ?
――そういう感じ……なんかあった?
――ねぇ、話聞いてるの?
これも予想していたことだが、自分はやはり沙織の自殺に大きく関わった人物として見られていた。
「聞いたんだけどさ……斎藤先輩と付き合ってるって本当?」
周りにもよく聞こえるひそひそ声だった。
ここでも尾ひれが一つ。
「それ、誰から聞いたの?」
「誰って……」
「誰よ?」
ちょっと真顔で問い詰めただけで、彼女は途端に「出処なんて知らないわよ」と狼狽え始めた。
「み、皆言ってることだし」
「だから皆って誰?」
とりあえず三人あげてよ、とこずえは、敦子にくっついている二人にも向けて言った。
デッサンがどこか二、三箇所狂っている顔立ちや、だらしない身体つきばかり似ている目の前の三人は、こずえの冷たい眼差しに俯いたり、目を泳がせたりしていた。
「――てか、こずえがキレるのはおかしくない?」
しかし、このままでは引っ込みがつかないようだった。
「あんた、亡くなった藤野さんって人から斎藤先輩を盗ったんでしょ!」
馬鹿馬鹿しくてこれ見よがしに溜め息をついてみせたかったが、残念なことに(敦子は誇張しすぎだとしても)周りが少なからず思っていることだった。
藤野沙織、斎藤秀樹、宮原こずえ。
この三人の間には、なにかしら面白い関係がある。
「二階のカフェで仲良くお喋りしてたんでしょ?」
「仲良くじゃないけどね」
中途半端な事実が話をまたややこしくしている。
――よく平気な顔していられるね。
――前々から冷たい人だとは思っていたけど。
――なんか開き直ってない?
まるで「あんたが殺したのよ!」と言わんばかりにだんだん熱くなっていく彼女達を、こずえは不思議な思いで見ていた。
(この子達は私にどうしてほしいの?)
泣いて「悪うございました」と謝れば気が済むのか、しどろもどろに弁解するところを見たいのか、それとも人の男を盗るような悪女にドロップキックでもくらわせたいのか。
彼女達自身、いくら責めても顔色一つ変えない相手のことをどうやって料理したらいいのか分からなくなってきているのだろう。
態度がはっきりせず、ずっと喚き散らしているだけだ。
(私だって藤野先輩のこと凹んでるのに……)
三馬鹿に付き合っているうちに、蕎麦もすっかり伸びてしまっていた。
「……もういいや」
それを見た瞬間、こずえの中で「プツン」と、なにかが切れた。
「なにがよ」
「こっちのこと。それより、まだ終わらないの?」
こずえは淡々と訊ねた。
「まだ、終わら、ないの?」
淡々と繰り返す。
「ね、根暗くんに色目使ったのだって、本当は斎藤先輩の気を引くためなんでしょ!」
「……根暗くん?」手が自ずと丼を掴んでいた。
「どうせいつもの気まぐれなんでしょ!」
「それって倉野のこと言ってる?」
「だったらなによ!」
返答代わりに蕎麦をぶっかけた。
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