二〇歳(八)3
そろそろ客が増えてくるから(この子もベロベロに酔ってるし)、と遠回しに店を追い出される頃には、すっかり日が暮れていた。
店の裏でタバコ休憩中のねじり鉢巻おじさん、ゴミ箱を漁っている野良猫、建物の窓からは微かな明かり。
薄暗い小路をこずえは酔い潰れた沙織を背負いながら歩いた。
――あそこのホテル見て。付き合い始めの頃、秀樹くんと行ったことあるの。そうそう。ここ右に曲がるとアダルトショップがあってね、行ったことある? もう凄いんだから……。
聞いていて興味深い話もあれば、中には生々しすぎて「大人しく酔い潰れていてください」と言いたくなるような話もあった。
「――先輩、起きてください。タクシーですよ」
方向音痴な自分にしては珍しく迷うことなく大通りまで出られ、タクシーもすぐに捕まった。
「一人旅楽しんできてくださいね」
別れ際、沙織の目はすっかり充血していて、顔つきもぼうっとしていた。
けれど、こずえの呼びかけには「……うん」としっかり頷き、
「今日は一緒に飲んでくれてありがとう。とても楽しかった」
握手も交わした。
「お土産買ってくるから」
「はい。楽しみにしてます」
タクシーが走り去ったあとになって、
「映画でも誘えばよかったかな……」と、こずえは呟いていた。
就活の息抜きにでもどうですか?
お互いの手を握り合ったときの、彼女の手の、あの骨張った感触がまだ残っている……。
こずえはそのことになにか言いようのない胸騒ぎを覚えながらも、再び沙織に連絡を取ることはなかった。
沙織に付き合ってビールを一杯飲んだだけなのに、頭のネジがスポンと取れたかのように体調が崩れたのだ。
一週間近く寝込む日々が続いて、その間は沙織のことも正一のことも考えられなかった。
関東のとある駅で、女子大生の飛び込み自殺が起こったのは、こずえがようやく起きられるようになった日の――爽やかな朝のことだった。
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