二〇歳(六)2

 散々玩具にされただけで大した情報を得られなかったモヤモヤから、こずえは午後の講義をサボり、赤本弁当へ直接出向くことにした。

(いま、会いにゆきます……なんてね)

 冗談に一人くすくす笑いながらも、内心ではこの頃の正一に対してこずえは少し怒っていた。

 旅行以来大学に姿を見せず、電話をかけてもLINEを送っても無反応。だからいきなり彼のバイト先まで行って驚かせてやろうと、そのために講義をサボった、いま電車に乗っている。

(木曜日はたしか昼から夕方までいるはず)

 バイト上がりの正一を拉致してファミレスまで引っ張っていき、安いフライドポテトとドリンクバー、ジンジャーエールを片手にこう言ってやるつもりだった。

 ――いつも他人の目なんか気にしないくせに、しょーもない噂話が広まったくらいでびくつくなんてちゃんちゃらおかしいよ。

 ところが、正一はバイト先にもいなかった。

「このところ体調崩してるみたいなのよ」

 マキはひどく残念がっていた。

「こずえちゃんがせっかく会いに来てくれたのに、もう……」

「いえ、そんな。私こそ急に来ちゃって……」

 こずえはすっかり拍子抜けしてしまった。まさかバイトまで休んでいるとは思わなかった。

「ごめんなさいね」

(マキさんに謝られても……)

 気にしないでください、と口にしかけたとき、

「お母さん、コロッケが爆発した! 助けて!」

 厨房から悲鳴が聞こえてきた。

「ああもう! いい加減バイト代から引くわよ!」

 マキは厨房に向かって怒鳴った。

「いいから早く助けてよ!」

「あの、また来ます」

 私のことはいいですから、とこずえは微笑みを残して店をあとにした。

(さっきの悲鳴……倉野が言ってた女優の茜さんかな?)


 家に帰ってからも、こずえはやはり正一の返信を待っていた。スマホをしっかり胸に抱いて、いつでも出られるように。

《元気になったら連絡ちょうだい!》

 これだけのメッセージでも相手の負担になってしまうのではないかと迷ったが、LINEは先ほど送ってしまった。

(私も疲れてるんだけどな)

 ベッドに横になっていると自分もひどく疲れていることを実感する。耳鳴り、夢遊病者候補生、睡眠時間も日に日に長くなっている。

 目を閉じていると胸が苦しくなるばかりだった。

 正一が暗い部屋で一人、ずっと寝たきりでいるんじゃないかと思うと、去年の夏サークルを辞めたあと、二週間近く臥せっていたのを思い出してしまう。想像上の彼を過去の自分とどうしても重ねてしまう。

(倉野も心療内科に通ったりするのかな……)

 お風呂に入っていないことにふと気づいたが(今日はいいや)と眠りかけたとき、胸の上でスマホが震え出した。

 こずえは跳ね起きた。

 正一のことしか頭になかったこずえは、相手を確認せずに電話に出た。

『やぁ、こずえちゃん――』

 秀樹の声を聞いた瞬間、スマホを壁に投げつけそうになった。

『明日のお昼休み、学食二階のカフェで会えないかな?』

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