二五歳(三)
二五歳(三)
彼も元々私のことを知っていたんだそうです。初めて私のこと見たとき、綺麗な子だなって思ったみたいで……どこまで本当なんでしょうかね?
でも、綺麗だなって思っただけで、好意を抱いたり興味を持ったりはしなかったそうです。周りがテレビのアイドルに夢中になっているのを横でふーんと見ているような感じだったそうで、そういう話を聞かされると、私もふーんです。本人が訊いているんですから、そこは嘘でも「少し気になってた」とか言ってくれたらよかったのに……。女心に疎いですよね。
そんな彼が私に興味を持ったきっかけは《あっかんべー》だそうです。
私は全然覚えがないんですけど、彼が言うに、さっきまで女友達とニコニコ喋っていたのにその子達と別れた途端、私、思いきりあっかんべーしたんだそうです。……たしかに、気に入らないことやむしゃくしゃすることがあったら、いつも心の中で舌を出していますよ。でも、まさか本当に出したりなんかしませんよね?
なのに、彼は言うんですよ。「あれは間違いなくあっかんべーだった」って。
変なきっかけですけど、彼はそれ以来私に興味を持つようになったそうです。テレビ越しの綺麗な子じゃなくて、同級生の女の子として「宮原こずえ」って名前を覚えてくれたのも。
でも、彼から距離を縮めてくることはなかったですね。
彼は当時小説に行き詰まっていたみたいで……あ、そうです。彼、作家志望だったんです。
なにか書こうとするとどうしても登場人物に自分を反映させてしまうから、どうにかして自分から離れた人物を生み出したい、そう思っていた彼にとって、宮原こずえのあっかんべーは衝撃的だったみたいで……ふふ。
そういうわけで、密かな観察は、実は彼のほうが先でした。
私のことをモデルに小説を書きたいんだったら、もっと早く言ってくれたらよかったのに。そう言ったら「そんなこと言えるかよ」って赤くなってました。まぁ、そうですよね。名前も知らない男の子からいきなり「君をモデルにして小説を書きたいんだ」って近づいてこられたら普通は引きますもん……。私は普通からちょっと外れた女の子だったので喜んで取材に協力していたと思いますけど。
私ですか? 私が彼に興味を持ったのは二年生になってからです。
なにか劇的なエピソードがあったわけじゃないんですけど、ただ四月のある晴れた日の午後、一人で窓際の席にいた彼に、なぜか心を惹かれたんです。物憂げに頬杖をつきながら横顔はどこか思いつめていて……思い出しました。彼、世界中の不幸を一身に背負ったような顔をしていました。その横顔が妙に印象に残って、私のチラチラ観察はそれからです。
あの頃は『Kのメモ』なんて遊びもしてましたね。名前さえ知らない彼が一体どういう人物なのか、そういうことを想像するんです。好きな歌手とかお風呂で身体を洗うときはまずどこから洗うとか勝手に設定をつくったりして……。あはは、他にすることがなかったんですよ。
好意? いえいえ。彼のことを知りたいとは思っていましたけど、好意は全然なかったです。知りたい知りたいって思いながらも、彼には謎の存在のままでいてほしい……こういうの《アンビバレント》って言うんでしたっけ?
あと、これも以前お話ししたことですけど、私達、結局最後まで彼氏彼女の仲になることはありませんでした。
もしも彼があの日、たまたま音楽プレーヤーを置き忘れていかなかったら、私達の人生はずっと交わらなかったと思います。お互い相手に興味を持っているのにチラチラ見ているばかりで、いつまでも悶々としていたでしょうね。
私が、彼のバイト先まで音楽プレーヤーを届けに行かなかったら……いまと全然違う人生を歩んでいたかもしれませんね。
そのことがよかったかどうかはともかく、かけがえのない時間だった、それだけはたしかです。……そのせいで彼のことを忘れるのに二年ぐらいかかりましたけどね。
私が尾崎豊を好きになったのも彼の影響なんです。
いまでもときどき聴きます。でも、尾崎を聴くたびに彼のことを思い出してしまうのが悩みの種ですね。
もう五年も経つのに。
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