二〇歳(三)2

 祇園で花見小路通をしばらくぶらついてから、四条大橋を渡り、京都の繁華街――河原町へ。

 強い日差しの中、二人はそれなりに歩いたが、満員バスで呼吸困難に陥るよりかはよっぽどましだった。古い町並みを眺めながらのんびり歩くのも趣があっていい。旅人らしく気の向くままに歩き続けた。

 やがて夜に。

 三条大橋から見る鴨川は、胸が震えるほど美しかった。

 夕暮れ時からかれこれもう一時間以上いても一向に見飽きることがない。こずえはこの川の流れを一晩中でも眺めていたいと思っていた。

 なのに、同行者の目には河川敷で等間隔に並んでいるカップルの姿も、建物の明かりが映り揺らめく川面も映っていなかった。

 橋の欄干に寄りかかりながら、がっくりと項垂れてばかり。

「おチビちゃんか……」

 正一は手相占いで言われたことを未だに気にしていた。

「まだ気にしてるの?」

「三二回もチビチビ言われたら気にするよ」

 彼がカウントしていたことに思わず吹きそうになった。

「でも、そう悪いことばかりじゃないでしょ? おじちゃんも言ってたじゃん。おチビちゃんは自分のやりたいことしかやらないから、上手くハマれば好きなことで大成功するかもしれないって」

「社交性ゼロとも言われたけどな」

 頑固なおチビちゃん。人付き合いが苦手なおチビちゃん。誰かに甘えたいおチビちゃん……。

「ふふ」悪いなと思いつつも、今度は堪えきれなかった。

「事実だから否定できないけどさ」

 彼はすっかり拗ねてしまった。

「ごめんごめん」

 謝ってからこずえは、話を違うほうに持っていった。

「倉野はどのジャンルを書こうとしてるの?」

「純文学かな」遠くを見つめながら、正一はポツリと言った。

「うん。……ぽいね」

「流行りとか傾向とかそういうのを突き抜けた、俺にしか書けないものを書けたらいいなって思ってる」

「それ凄くいいと思う」

「サンキュ」そう言って正一は少しはにかんだ。

 作家志望の正一にとって、今回の京都旅行は取材も兼ねていた。そのことを知ったとき「もしかして邪魔しちゃったかな?」と遅まきながら訊ねたが、彼は「そんなことないよ」と言った。気を遣っているわけではなかった。なぜなら――。

「一つ訊いてもいいか?」正一が不意に言った。

「なに?」

「宮原はどうして俺の旅行について来たんだ? もともと京都に来てみたかったから丁度よかったとか?」

「それもあるかな」こずえは鼻先を掻いた。

「てか、親がよく許してくれたな」

「そこは女友達と行くって言ったよ。……『友達いたの?』って、そういう風には怪しまれたけど」

「ご愁傷さま」

 それを聞いて彼はいくらかほっとしたようだった。恋人でもない女の子と旅行することに、後ろめたさは一応あったらしい。

「……倉野、ちょっと私の話もしていい?」

「どうぞ」

 このとき、どうして彼にこの話をしようと思ったのか、自分でもよく分からない。 

 ただ、なんとなく話したくなったのだ。

 彼はちゃんと聞いてくれるだろう。そんな信頼もたぶんあった。

「あまり面白い話じゃないんだけど――」

 そう前置きしてから、こずえは去年在籍していたサークルの話を正一にした。

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