二五歳(二)

   二五歳(二)


 先生にこのノートを頂いたときには、正直なにも書くことなんてないだろうなって思っていたんです。これまでの自分。振り返るほどの自分がいるとは到底思えなくて……。

 でも、書き出してみると案外思い出すものですね。

 中学、高校、大学の懐かしい自分に会えましたし、じゃあ、いまの自分はどこから来ているのか色々考えているうちに、二つ思い当たるものがありました。高校二年と、大学二年……。

 これは高校二年のときの話です。

 私、クラスの女子の半数……いや、半数はさすがに大袈裟かな。三分の一ぐらいですね。彼女達から一時期シカトされていました。

 ……理由? たぶんAくんが私のことを好きだとかBくんのことを私が振ったとか、そういう類の話です。

 これ、決して自慢しているわけじゃないんですけど、私、昔から男の子によく好かれるんです。中学二年のときが最初だったと思います。隣のクラスの男の子が放課後の教室にやって来て、いきなり皆の前で言ったんです。「宮原さん、僕と付き合ってください!」って。あれからですね。モテモテってわけじゃないんですけど、月に一人、二人……多いときは三人だったかな。男の子から日常的に告白されるようになってきたのは。

 私、客観的に見積もっても精々七〇点ぐらいだと思うんです。八〇点や九〇点の女の子は周りにいくらでもいました。なのに、不思議と彼女達よりも私のほうがモテたんです。

 あるとき、その理由について考えてみました。高得点女子と宮原こずえで、なにが違うのか。高得点女子に熱を上げている男の子達をしばらく観察してみた結果、面白いことが分かりました。

 先生は分かりますか?

 ……ごめんなさい。からかってしまって。

 たぶん私は「こんな俺でも頑張れば、この子と付き合えるんじゃないか?」男の子達にそう思わせるものがあったんだと思います。ほら、高嶺の花って手を伸ばしてもなかなか届かないじゃないですか? あと、あんまり綺麗すぎる花だと気後れするんだと思います。

 その点、私はずば抜けて美人というわけでもないですし。あるじゃないですか。美人特有の近寄り難い雰囲気って。よくも悪くも宮原こずえは、男の子達が親しみやすいラインのそこそこ美人だったんです。

 ……自慢にならない自慢はさておき、そうですね。高校二年のときが一番モテていました。文化祭とか体育祭とかイベントシーズンだと一日に複数人から告白されることも珍しくなかったです。

 そういうのってクラスの女の子達からすれば面白くないですよね。張り合うのが馬鹿らしくなるほどの美人ってわけでもないのに、男の子達からやたらチヤホヤされて。それで調子に乗ってくれたら徹底的に叩けるのに、私、全然調子に乗らなくて、むしろロクに話したこともないような男の子から突然呼び出されたり、「宮原さん」「こずえちゃん」って変に持ち上げられるのも迷惑でした。それがまた彼女達にしてみれば面白くないわけです。「澄ましてる」だの「王子様待ち」だの「心の中では絶対うちらのこと馬鹿にしている」だの……。

 で、ある日誰かが言い出したんでしょうね。「宮原さんって感じ悪いよね」って。その子の発言は拍手を持って迎えられたことでしょうね。「そういうことだから、あの子のこと明日から皆でシカトしていこうね。エイエイオー」って。

 言い出しっぺは、Bくんのことが好きなKさんだったのかな? それともMさん? 考えても無意味だったので、そういうことはすぐに考えなくなりました。それから半年ぐらい、ようは彼女達が飽きるまで陰湿なシカトは続きました。

 でも、完全なシカトってわけでもなかったんです。あれは観念上のシカトでした。

 どういうことかって? 実際問題、クラスの女子の三分の一が一斉にプイッと顔を背け出したらおかしいじゃないですか。そんな分かりやすい手段を取ったらすぐに苛めだってバレます。それは彼女達にとっても望むことじゃありませんし、なにより「自分達がモテないからああやってしょぼい嫌がらせしてるんだよ」って男の子達に思われるのが屈辱的なわけですよ。

 だから彼女達は巧妙に私の存在を蔑ろにしたんです。たとえば、会話中のテンポ、声のトーン、視線の合わせかた。私と話しているとき、必ずなにか一つおかしいんです。

 先生は人の話を聴くプロですから、会話のテンポが多少ズレたり、話が本筋から脱線しても、患者さんと辛抱強く会話を続けられるでしょうけど、普通の女子高生には無理です、あんなの。「ポンポンポン」って続いてきた会話のテンポがいきなり「ポン、ポン………ポン、ポ」ってなったら、些細なことですけどストレスが溜まりますよね? ドラマの話をしているとき、目がずっと私の顔じゃなくて肩を見ているとか……巧妙でしょう?

 そういった不自然さを、もし私が指摘したら彼女達はここぞとばかりに吹聴して回ったと思います。「宮原さんは人が気にしている癖を平気で指摘してくるような無神経な人だ」って。たしかに人の目を見て話すのが苦手な人はいっぱいいますし、会話のテンポがズレてくるのも次の言葉を考えているから、そう言いきられたら、こちらとしてはなにも言えません。私のクラスは演技派の女優さんがたくさんいたので、半年間でかなり心を削られましたね。性格が暗くなってくるにつれて、男の子達から声をかけられることも少なくなったかなぁ……ふふ、せっかくのチャンスだったかもしれないのに。

 冗談です冗談。

 そういうわけで、その頃の私はちょっと荒んでいました。でも、だからと言って人前でしくしく泣いたり、教室でみっともなく暴れたりはしませんでしたよ。……ただ、このままじゃ本当にまずいなと思うようになって色々なことを真剣に考えました。

 それで私、まず皆と足並みを揃えるのをやめることにしました。

 クラスの女の子達が当時夢中になっていたドラマや歌手、アイドル、漫画、そういった流行りものを、とにかく一切合切否定するところから始めてみたんです。

 いま思うと幼稚な反抗だと思います。でも、彼女達の「目垢」のついたものを自分も好きでいる、そのことに耐えられなかったんです。だから私は、私だけの好きを求めて、クラスの子達が絶対聴かないような歌手の曲を聴くようになりました。森田童子、吉田拓郎、高橋真梨子。……そういえば、大学のサークルの先輩で『ジョニィへの伝言』が好きな人いたっけな。……まぁ、それはいっか。

 その頃聴いていた曲なんですけど、いまでもカラオケで歌ったりするんです。以前会社の飲み会で吉田拓郎の『今日までそして明日から』を歌ったとき上司が驚いてましたね。「よくこんな古い曲知ってるね」って。

 そうそう。私、尾崎豊も好きなんです。カラオケでも歌うんですよ。『Forget-me-not』とか『街角の風の中』とか……。

 皆、ぽかんとしてますね。私みたいなぽけっとした感じの女が尾崎を歌うだけでもびっくりなのに。『I LOVE YOU』や『OH MY LITTLE GIRL』ならまだセーフですかね?

 音楽以外だと読書と映画鑑賞ですね。なんだかいかにも現実逃避してましたって感じがしますけど、そういうわけじゃないんです。人生の空き時間を埋めるのにフィクションがうってつけだった、それだけです。映画を二本観れば四時間。京極夏彦のレンガ本なんか一日中読んでいられますもんね。

 一七歳って言ったら人生で一番楽しい時期のはずなのに、私、結構暗い青春を送っていたんですよ。泣けてきますね。……絶対泣きませんけど。

 もう一つ、私のルーツを辿るなら、大学時代の――とある友人のことは外せませんね。

 彼と過ごした時間は半年もなかったと思います。でも変わった人だったから、いまでも忘れられないんです。

 ……え? とんでもない。恋人だなんてそんな艶っぽい関係じゃなかったですよ。お互い中身のないお喋りと軽口ばかりで、ご飯を食べに行くときもほとんどファミレスでした。しなしなのフライドポテトとドリンクバーで二時間も三時間も……なにをそんなに喋ることがあったんでしょうね?

 このノートを使い切るぐらい過去と向き合い続ければ、そのうちそんな些細なエピソードも含めて色々なことが分かるかもしれませんね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る