弐周目参――結願
「わしがいいことを教えてやるとしよう」
人型の姿になり、妖しげに笑いながら近寄ってきた
細長い人差し指の先端に鬼火を灯し、一息吸い込むと葉の燃える音が響く。
「なあ、タキ、知っているかのう?
横をむいてふうと煙を吐いてから、もったいぶるようにあいつはそう言った。
「
「ああ、それを知るとな、相手の全てを支配出来る特別な名前じゃ。お互いの真名を握り逢った
興味を持ったのか、少し前のめりになりながら目を丸く開いたタキを見て、
「ひっひっひ……お主が
「悪趣味な誘いはやめろ。俺一人で十分だ」
何も言わないまま、じぃっと
「真名ではないとはいえ、名を握られてまんまと幻覚に惑わされていたおぬしが言っても説得力がないのう」
「油断をしていなければああはならなかった。もう大丈夫だ」
俺を煽るように軽口を叩きながら、煙管を蒸かす
人間は愚かだ。恵みが無ければ敬いを失っていくし、ずっと良くしてやっても畏れを失う。
タキも在り方が少し違うとはいえ人間だ。
「わたくし……」
「ダメだ」
「嫌です! わたくし、貴方様を幸せにするという願いがありますもの! この身体では貴方様を幸せに出来ません」
「人間に戻りたいと願っても戻れないんだぞ? お前にはまだ時間はある。数十年なんざ俺にとってはあっと言う間だ。ギリギリまで悩んでそれでもなりたいのなら……」
「ねえ、
俺の隣にいたタキが、ぐいっと肩を掴んでくる。そのまま身体を向き合わされて、両手で俺の手を包むようにしたタキは真剣な眼差しでこちらを見上げてきた。
鳶色の瞳には、部屋に飾られている無数の魂達が映り込んでいてきらきらと輝いている。
「……痛いかみしれねえし、死ぬ場合もあるんだぞ?」
「貴方様があの男に殺されても、調伏されてもわたくしはただでは済みません。それならば、一か八か賭けてみます」
あまりに真っ直ぐな物言いに、何も言い返せなくなる。
力の強い
「ひっひっひ……話はまとまったようじゃのう」
俺が何も言い返せないままでいると、片眉を持ち上げてにやりと笑う
「な、なにをするのです?」
「タキ、本当にいいのか? まだ断れる。あの陰陽師なら、こいつの首根っこをひっつかんで協力させりゃあ追い返すことも出来るはずだが」
「絶対に嫌じゃ。戦うのは専門外じゃってぇ」
逃げようとする
「わたくしの願いを、叶えてくれると約束してくれたでしょう? これがわたくしの願いですわ。
頬を赤らめながら微笑む彼女は、その場だけ春の日和になったかと勘違いしそうなほど温かく、美しかった。
動揺を見破られないように咳払いをしてから、俺は自分の左側に生えている角に小刀を当てた。
「――っ」
角には痛覚がないわけではない。角に刃を入れればそれなりに激しい痛みを伴う。
思いきり力を入れると硬い音と共に角に刃がめり込み、いっきに刃が進む。
「
「大丈夫だ。こんな傷なんてすぐに癒える」
角の中央から溢れ出た血が、額を伝って目や頬を濡らしていく。駆け寄ってきて着物の袖を俺の顔に押し当てるタキを落ち着かせながら、俺は彼女に小刀と一緒に、根元近くから切り落とした角を手渡した。
「好きな場所にこいつを当てて、あんたの願いを念じるんだ」
俺の角を受け取ったタキの指先がわずかに震えている。
彼女を安心させるために、腕を引き寄せてそっと抱きしめた。それから額に唇を触れさせる。
冷や汗をかいていたからか、ほんの少し冷たい彼女の額を手で拭ってやりながら、俺はもう一度、彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
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