弐周目参――此方と彼方
「すっかり馳走になってしまったな。おぬしらの邪魔をせぬように年寄りはさっさと帰るとしよう」
とっぷりと日が暮れ、まだ肌寒い部屋の火鉢にタキが火を入れるのを見て
あいつの首は、人間に近い姿を取っているときでも細く長い。
分厚い雲の下に広がっている森は、夜に見ると木々の葉が黒々と繁っている。それだからか、ぽつりぽつりと成仏が出来ない魂の悲しげな光がよく見える。
一瞬だけにたりと口元を歪めた
「ああ、そういえば都に鬼が出たらしいぞ。鬼如き、今のおぬしには大した脅威では無いと思うがのう」
スッと冷たく目を細め、それからタキを見つめる。
鬼と聞いて恐ろしかったのか、それとも都と聞いて思うことがあったのかはわからない。
「鬼を倒すためか、陰陽師共が騒がしいからのう。人間は何をするかわからんからの。気を払っておくに越したことは無い」
そう言って縁側から庭に降りた
反らせた体は徐々に羽毛に包まれていき、本来の姿である青鷺へと形が変わっていく。青みがかっている薄灰色の羽織が変化した両翼を大きく広げた。
「鬼を倒した方が楽だというのに、わざわざ神に手出しをする阿呆もおるからなぁ」
鋭く細いくちばしをカチカチと開閉させて、笑みを含んだ声で話した
「
「ひっひっひ。わしはアイツのように戦いが得意ではないからのう。陰陽師共も興味は無いだろうよ」
うっすらと光を帯びる羽毛に触れたタキを、
「そうじゃ。
「余計な勧誘をするな」
首を伸ばし、タキの肩にくちばしの先を乗っけて囁くようにそう言った
タキの肩を後ろから抱き寄せて、言い返すとフッと息を漏らすように笑って、両翼を大きく羽ばたかせる。
そのまま数歩かけて助走を付けると、
何枚かひらひらと落ちてきた羽根は、地面に触れるとふわりと青い火をあげて灰になっていく。
しばらく、ぼんやりと光る
「こちら側へ来たかったらというのは、どういうことだったのでしょう?」
「くくく……そうか、お前は知らないか。部屋へ戻ったらそのことも含めて話してやろう」
彼女のしなやかな筋肉のついた肩をそっと抱きながら、俺たちは部屋へ戻る。
襖の戸を閉めてから、隣り合って座り、彼女の一つに結んだ髪を解いて手櫛で梳きながら、
「お前の親のことがわかったが、それも知りたいか?」
俯いたタキが、顎に手を当てて僅かな間、黙る。
「……いえ」
少し間があったが、顔を上げた彼女から返ってきたのは意外な答えだった。
「もういない方のことを知っても、わたくしの体質が変わるわけでもないですし、
「……お前は本当に変なやつだ。では先ほどのこちら側について話してやる」
「はい!
ぱあっと花が咲いたように笑う彼女の反応が、あまりにも俺が求めていたものでタキが俺に媚びるために無理をしているのではないかと心配になる。
しかし、きっとそうではないのだろう。そう思うことにして、俺はタキの髪の毛を組み紐でひとつに括りながら話を続けた。
「人間が
「わたくしも……
「俺に食われることをまだ諦めてなかったのか」
「
ふわりと笑いながら、彼女は俺の顔を見た。
一房にまとめた髪が揺れ、タキはそのまま俺の肩に頭をあずけるようにしてよりかかってくる。
「村のみなさんには嫌われたわたくしも、
「非常に癪な話だが、お前と
タキが
ただ、あいつが、人間のくせに人間に嫌われていると自覚していることが、何故か無性に腹立たしかった。
「友達が欲しいからと言って
そういって、彼女の温かく柔らかい頬を撫でる。
「……一度
じぃと彼女の鳶色の瞳を見て、自分の気持ちを伝える。
こいつは人間の中では群を抜いて頑丈だ。だが、どんな屈強で元気な男でも
タキが
「恐ろしいだとか、醜いなんて、今までもさんざん言われました。わたくしは、今もわたくしをよく知る人間にとっては化け物なのでしょう……。だから、きっとそちら側へ行っても変わることなどほとんどないと思いますが」
へらりと笑いながらそういった彼女は、自分の頬に当てられている俺の手に自分の小さな手を重ねた。
「そうですね……一晩、考えてみます。それでもわたくしの気持ちが変わらなければ、わたくしをそちら側へ連れていってくださいますか?」
食われる以外の願いを見つけたのならば、叶えてやらなければならない。
それが、死ぬ前にお前が俺に託した祈りなのだから。
「それがお前の願いなら、叶えることを約束しよう」
彼女を抱きしめながら、俺はそう伝えた。
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