弐周目参――生立ち
「ひっひっひ……呪詛返しのようじゃのう」
冬の厳しさは和らぎつつあるが、山の上ではまだ春は少し遠い。
本格的に温かくなるこれからに向けて、すっかり硬くなった畑の土を耕したり、冬眠から目覚めた獣共の様子を見たりと忙しくなり始めた頃、
冬の間にあったことを話してやると、あいつは細い目を更に細め、糸のようにして笑いながら肩を揺らす。
「いっそのこと
「それが
「祝言をあげれば神としての格も高まるじゃろうに」
「うるさい。それよりもお前が来たのは別の用事だろう。ほらタキも、農作業へ戻ってくれ」
「ふふ……では、後でお茶と漬物をお持ちしますね」
手の甲を払いながらタキに「しっし」とやると、すんなりと背を向けて畑へと戻っていく。
なんだか耳の辺りが熱を持った気がするのを誤魔化しながら、俺は
「さて、と。タキの両親じゃが、わしが捕まえていたようじゃ。連れてきてはおらんがな」
いつもと違って布なんてかけているのでもしや……と思ったが、期待は外れたみたいだ。
「わしも魂たちの言葉が明確に聞こえるわけではない。ほんの少ぉしだけ彼奴らの記憶がのぞけるだけじゃ」
すとんと座り、懐から煙管をするりと取り出すと、
ゆらゆらと紫煙を燻らせているあいつと向かう会うような位置に腰を下ろすと、もったいぶるようにゆっくりと
「あの娘の両親は普通の人間じゃ。どうやら身分違いの恋をし、駆け落ちをしたらしい」
指をくいと動かして襖を開くと、あいつは畑仕事に精を出すタキを見つめながら話を続ける。
「あの娘がここにいるということは、当然、駆け落ちは失敗じゃ。山越えをしようとして女はおそらく足を滑らせ川へ落ち、男は川を流れていく女を追いかけ……」
「……タキを連れて駆け落ちをしたのか?」
「まあな。とはいっても、どうやらあの娘は母の腹の中にいたらしい」
首を横に振った
「たまたまじゃ。母親が死んだというのに水の中でタキは生まれ、物珍しく思った
ヘソの下に当てていた指を離し、薄い唇を撫でる。
両端を持ち上げ、笑顔を浮かべたまま
「おそらくじゃが、おもしろ半分に
「……
「なんじゃ。知っていたのか」
少しだけ残念そうな表情を浮かべながら、
「川を上った
あいつは「それなりに大変だったんじゃぞ」と付け加えると胸を張って眉を上に持ち上げる。
「……つまり、不幸な事故が重なってあいつはあんな体質ってことか?」
「ああ、その通りじゃ」
農作業が終わったらしいタキが、額に浮かんだ汗を腕で拭っている。
ゆっくりと振り返って穏やかな表情を浮かべている彼女がこちらに向かって大きく手を振ると、
「体が異様に丈夫で、鍛えた男よりも怪力で怪我もすぐに治る女など、人間にとっては薄気味悪いものじゃろう。それで村長は考えたんじゃな。こいつをおぬしの供物として育てればいいと」
こちらへ近付いてくるタキから目を逸らさず、表情も変えないまま
タキにあったのは、ただただ不幸な事故だった。
彼女の両親を救うことが出来れば、彼女は単なる村娘として幸せな人生を送れていたのだろうか。
そんな考えが頭を過る。
「
縁側まで来たタキが、少し身を乗り出して
構わないでいいと言おうと思ったが、それよりも早くあいつは立ち上がり、縁側へ歩いて行ってしまう。
それから、にっこりと笑いながらタキと視線を合わせるように屈み込んだ。
「ああ、こいつが好きな漬物とやらをわしも食べたかったのじゃ。頼む」
「はい!」
俺を指差しながらそういった
何か言いたげな
「もう一度時を戻してあの娘の両親を助けるより、おぬしが娶った方が良いと思うんじゃがのう」
考えを読まれた気がして、驚きながら目を見開くと、あいつは顎を僅かに持ち上げてニヤリと得意げに微笑んだ。
「余所者の一家を優遇するなど、あの村の長がするはずがない。それはおぬしがよく知っているじゃろう?」
細めた瞳の奥に宿る微かな殺気を見逃すほど俺は鈍くはない。
それに、人間の善良さを信じるほど、物を知らないわけでもない。
娶るのはともかく、確かに過去へもう一度戻ろうなどという賭けに出るよりも良い方法はあるはずだ。
「さっさと
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