最大の切り札

『さあ、私の大好きなあなた。お水をお持ちしました。前を向きなさい。お顔をよく見せなさい。古知真貴は、あなたの彼女は、もう目の前です。』
この最後の場面にはぞっとしました。物語を締めくくる一文であるにも関わらず、舞台の惨状を隠していた幕が上がりきってしまうような焦燥感。極限まで高まった緊張を余韻に変え、読者に強烈なインパクトを与える、大胆かつ繊細な復讐劇に心から拍手を送りたいです。

古知真貴と名乗っていたこの女性は、終始丁寧な口調を崩しません。文面から読み取れる品の良さ、執念深さ、プライドの高さ。しかし彼女はきっと奥ゆかしいお嬢様などではなく、腹の中にどろどろと煮えたぎる怒りを秘めた一人の女なのでしょう。不誠実な恋人に鉄槌を下さんとする姿には騎士のような気高さすら覚えます。
心離れが発覚してから、彼女は毎朝どんな気持ちで紅茶を飲んでいたのでしょうか。おそらく便箋が何枚も必要であろうこの手紙を、彼女は何を思いながら書いたのでしょうか。今は強く美しく恐ろしく見える彼女も、この裁きが終わった後は、家で一人涙を流すのでしょうか。

名前、電話、パンケーキ、懐かしさ。張り巡らされた伏線が最後に全て回収される様は圧巻です。本作は短編小説なのに、長編を読んでいるかのような満足感とその余韻がありました。
本作品の魅力の一つに、短編であることを最大に生かした構成があると思います。作品全体を一通の手紙にしてしまうことで、ストーリーや世界観に統一感が生まれ、私たち読者も成瀬と同じ視点で物語に没入することができます。
選評でも触れられていましたが、マッチングアプリで出会った恋人をあえて手紙で追い詰める、という皮肉も面白いなと感じました。スマホ越しに出会い、スマホ越しに裏切られたからこそ、古知真貴はもう惑わされまいと手紙を選んだのでしょうか。お別れをする好きな人の頭に強く残るために、最大の切り札を使ったのでしょうか。
本当に完成度の高い作品だと感じました。三嶋さんの技巧とセンスに脱帽です。素敵な作品を読ませていただき、ありがとうございました。


個人的な話になってしまいますが。
最終選考結果のページを開き、三嶋さんの名前を見つけた時、わーっと声が出ました。おめでとうとか、ありがとうとか、幸せな気持ちでいっぱいのままこれを書いています。
八月、最後の夏だから全力でぶつかりたいのだと私にメッセージをくれたあなたが。応募作について真剣に悩み、試行錯誤を繰り返していたあなたが。中間選考後にひどく不安がっていたあなたが。あなたとあなたの作品が報われたことが、私はとても嬉しいです。
ロングとショート合わせて2000作品以上。そんな数ある応募作の中で、大賞を掴み取ったというのは誇るべきことだと思います。努力の末の実力です。三嶋さんの、夢を実現させてしまうほどの行動力や熱意が、私にはとても眩しく見えました。

誰かに向けて文章を作るというのはこんなに難しいことなんだな、と今これを書いていて思います。なかなか上手くまとまりません。
いつも言葉を尽くして褒めてくれてありがとう。普段のメッセージも、さよなら花緑青のレビューも、私の宝物です。


カクヨム甲子園2022 ショートストーリー部門大賞、本当におめでとうございます。
三嶋さんのひと夏の挑戦を、一番近くで見せていただけて嬉しかったです。感動をありがとうございました。
あなたの一人目のファンとして、これからも陰ながら応援しています。