しらゆき、染まり交わり緋色に

蒼水 アザミ

第0話 モノローグ

 冬の市街地の中心、雪が降る。

 久々に外に出たら、周りすべてが真っ白で、視界も悪かった。

 ヘリのプロペラ音が上空で急き立てる。周りで見ているだけの人間は、顔を真っ青にしながら、スマホ片手に録画だったり写真だったり撮っている。

 ボクは、今日。人を殺した。

 目の前で、まっしろなカーディガンが赤黒く染まっていく。ボクの手は真っ赤に染まって、白い雪が染まった手に吸い込まれていく。まるで隠すように。

「……なんで、なんで庇ったの?」

 ボクの口から出たのは、理解できない目の前の少女に対しての疑問。

「……さぁ?憶えてない。どうせ君も忘れるから、どうせなら記憶に刻み付けてやろうって思ってさ」

 彼女はしてやったりと言わんばかりの顔で、ボクの腕の中でほほ笑んでいる。

 髪の毛も、格好も真っ白な彼女は、その琥珀色の目だけはずっと穏やかだった。

 サイレンの音が聞こえる。中継らしいアナウンサーの声も聞こえた。

「まったく、人が死ぬ姿をなんだと思ってるんだか……」

「……いやなら、起き上がって元気だといえばいい」

「あいにくそれは厳しいなぁ……わたし、もうじき本当に死ぬんだもん」

「なら喋らないで。安静にして」

「やだよ。きみともっと話したい」

 少し恥ずかしそうに、恥ずかしいことを言う彼女。

「あ、でももう、本当にヤバいかも」

「……言わんこっちゃない」

「あはは……でも、わたしの最期を看取るのが、君でよかった。本当に、本当に君でよかった」

 目を瞑り、琥珀色が消える。真っ白な雪に紛れるようだ。ただ、生温かな血は水たまりを作って拡散していく。

「ね。ちょっとしたゲームでもしようよ」

「……どんな?」

「かくれんぼ。間違い探し。あるいは鬼ごっこかな」

「全部やる気?」

「うん。全部やりたい。君と二人きりで、全部」

「なら……なら、生きなきゃ」

「……ごめん。無理。あと三分くらいかな。死ぬ前に、タイムリミットだ」

「カップラーメンかよ……」

「あはは……わたし塩とんこつ好き」

「ボクは醤油」

「王道だ……いいねいいね。あと、三分間って言ったらアレだよね。金曜日の映画でよくやる」

「あぁ……」

「三分間待ってやる!、ってやつ。アレ実際は三分待ってないよね絶対」

「……尺の都合ってやつだろ」

「おぉ……メタいですなぁ」

「……君は、待ってくれないのか?三分間」

「……うん。こればかりはどうしようもないよ」

「……そ、っか。ごめん」

「しおらしいなぁ……でもまぁ再会して、思い出して、すぐコレだもんね。仕方ない仕方ない。ほんと、わたしは君を不幸にしてばかりだ」

「そんなこと」

「ないって、私も言いたいけどね……」

 ゆきが、降り積もっていく。

 彼女の体に、血の海に、ボクの記憶に。埋もれるように、隠すように。

「……ねぇ、忘れる前に一つ質問」

「……ごめん。ごめん、ごめん」

「問題です。わたしは、誰でしょう」

 



       ※            ※            ※




 その瞬間、少女は息を引き取った。

 名前がうんたら言っていたその少女は、ボクの知らない人だ。でも、なぜだろう。

 とても大事なものを、一つ、また一つと零していくこの感覚は。

 ボクの腕の中で、満足げにほほ笑む少女の死体の、雪で真っ白になったのであろう髪を優しく撫でて、なぜかいる救急隊員さんに引き渡す。

「知り合いかい?」

 そう聞かれる。もちろん知らない

「……はい」

 でも、なぜか口はそう動いた。見届ける必要があると、本能が告げていた。

 その後、初めて少女の名前を知った。

 『代幸しらゆき—――』

 名字だけの、少女の名前を。

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しらゆき、染まり交わり緋色に 蒼水 アザミ @hitujitoyagi

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