第29話
美羽は、帰郷にはあずさを選んだ。新宿へ出るまで交通手段を考えずにいた。日帰りのつもりで行くことを考ると、高速バスだと時間がかかりすぎるから無難な選択だった。それでも二時間半の長い旅は退屈で窮屈だった。
平日ということもあり、車内は空いていた。八王子を過ぎる頃、制服をパリッと着こなした若い車掌が乗車券拝見に来た。山手線からからそのまま乗り込んだので、乗車券、特急券とも持っていなかったので彼から購入した。若い車掌の笑顔がとても素敵と思った。そんな気分は、退屈さが少し晴れたような気がした。一人に戻ると、重い気持ちに逆戻りした。
始発から四十分過ぎ、都会の雑多な景色が消え、山間部へ入ると物悲しい風景が美羽の心を乾かした。何度か仮眠を試みたが、目を閉じる度、西條や美穂子、伴野の残したスクラップブックのことが、頭を巡った。美羽のお尻が座席に愛想をつかし、何度目か座り直した頃、松本駅へ到着した。ちょうど昼の時間に着いたので、駅の一階にあるパン屋が併設しているカフェで軽く昼食を取った。
とにかく父親への墓参りを先に踏ませようと思い、タクシーに乗った。運転手は六十歳くらいの初老の男性だった。運転手は機嫌よくたくさん喋った。美羽は半分以上、話を聞き流した。何年か前にオープンした巨大ショッピングモール(イオンモール松本」に通りかかると、運転手のおしゃべりに拍車がかかった。えらく上機嫌だった。平日でありながらも、地方都市としてはなかなかの活気具合で賑わうショッピングモール周辺と、駅前事情を楽しそうに話してくれた。美羽が、印象に残ったのは「松本にこんなに人がいたのか。」という話だった。
市街地を離れ、松本盆地を東に行くと、およそ三世紀から四世紀くらいに作られた前方後円墳である弘法山古墳が現れる。春には約二千本の桜が咲き、市民を楽しませてくれる。また、松本城と並んで、市のアイコンのひとつでもあり、地元を舞台とした漫画や映画などにもそのように描かれる。美羽は、高校時代、選手時代は、練習コースで何度も登り降りを繰り返した。円加とも、この周辺を一緒に駆け巡った思い出深い場所でもある。その弘法山古墳の東南、裏側に、標高約八百メートルの山一帯に墓地が広がる。ここに美羽の父が眠る、如月家の墓がある。美羽は駅前の花屋で買った切り花を携えて、タクシーを降りた。ここから、実家まで再び乗せてもらう為に、少し待っていてもらうこととなった。
如月家の墓は先祖代々のものは東京にある。ただ、東京を離れてしまった祖父が、松本に自分の墓を作りたいと思い隣人で付き合いも深かった、江本建設の社長に誘われ購入したものだった。それが、祖父より父の方が早くに入ることになるとは、誰も想像しなかった。祖父母はその事を非常に悲しんだ。そこに、最近は祖母も加わった。祖母の納骨のときに、母が、
「これで、お父さんも寂しくはないわね。」と言ったことが思い出される。
家族は彼岸に家族が来たらしく、花はきれいに片付けられていたが、線香の残りが刺してありそのままだった。周囲も非常に綺麗にされており、時折、管理センターの職員(シルバー人材だろう)が、見回りをして、手入れをしている。
美羽は桶に水を汲んで、墓前に立った。静かに、墓石の周りに水をかけ、父と祖母の名前が刻まれた墓石を愛おしく、持ってきた雑巾で丁寧に拭いた。それから、花を活け、線香に火を着け、手を合わせた。ざっと東京での様子を報告し、
「また来るね。」
と言ってその場を離れようと立ち上がった。藪原に言われたことはやった。しかし、それで良かったのだろうか。美羽は、振り返り、墓石の前に再びしゃがみこんだ。そして、父親に呼びかけた。
「お父さん、私、どうしたら良いかな。」
勿論返事などなかった。美羽は、しばらくそこに座り込んだ。
「ダメだよね。こんな弱気じゃ。ごめんね、今度来る時は、良い報告ができる様にするね。おばあちゃん。今回はお花だけでごめんね。今度はおばあちゃんが大好きなおはぎ持ってくるからね。」
“良い報告”とは、一体なんだろうか、美羽は自問しながら、今度こそ、その場を離れた。なんとなく後ろめたい気持ちだった。続いて、運転手に実家の住所を告げて向かってもらった。おしゃべりな運転手も、虚ろげな美羽を察してか、無言だった。美羽の実家、如月寿司に近づくと、美羽は細かな指示を出して誘導した。実家の前に到着すると、美羽は、礼を言い、会計をした。
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