第27話

「美羽ちゃん、駄目じゃない。」

二人のやり取りを静観していた良枝が大きな声で美羽を叱った。美羽は全身を震わせて立ち尽くしているだけで何も答えなかった。答えられなかった。良枝は、右頬を抑え泣き崩れる美穂子へ寄って行き、美羽と美穂子の顔を見比べた。美羽は、美穂子を叩いた自分の手のひらをじっと見ているのが精一杯だった。良枝は美羽に「そこにいるようにね、良い。」と指示をし、美穂子を治療室へ連れて行った。

 しばらくすると良枝は美羽のいる部屋へ戻り、美羽をそこから連れ出して藪原医師の元へ連れて行った。

「参ったな……」

藪原はそうつぶやくと、後頭部を雑にボリボリかきむしった。

「美穂子のお節介にも困ったもんだが、美羽ちゃん、暴力はイカンよ、暴力は。ましてや、我々は怪我した人を治すのが仕事なんだしさぁ。」とたしなめた。美羽はそれをただ、うなだれて聞いていた。

そこへ藪原の奥さんがやって来た。藪原が、

「どうっだった。」と聞くと、

「少し口の中切ったけど大丈夫よ。ただ、泣き止まなくて。あの子、誰かに引っ叩かれた事なんて生まれて始めてでしょうね。」と美羽へ視線を送りながら言った。

美羽は、「すみません。」と振り絞るように小さく呟いた。藪原は美羽が謝るのを遮るように、

「あの娘に比べると、君の方が大人なんだからさ。これは年齢の話をしているんじゃないぞ。」と再度美羽をたしなめた。藪原は大きく何度もため息をつきながら、壁に掛かるカレンダーと良枝の顔を見比べた。

「よっちゃん、人手足りなくなるけど、頑張れる?」と聞いた。良枝は、美羽をしばらく睨みつけるように見てから、

「はい、大丈夫です。私、これから色々お金もかかりますし、頑張らさせて戴きます。」としゃあしゃあと答えた。

「じゃあ少しの間頼むな。ということだ美羽ちゃん、しばらく休暇だ。三、四日、それか一週間あれば十分だろう。またその時にきちんと処分を決めるから。」

美羽はそれを聞いて、慌てて顔を上げ叫んだ。

「私、ダメなんですか。」

一瞬、静かになり、藪原たちは、顔を見合わせて、三人共、困った顔を見合わせた。

「そうじゃないよ。少し頭を冷やせと言っとるんだ。」と藪原は、何か言いたげな顔をした美羽を遮って強く言った。

「お父ちゃんの墓参りでもしてこい。実家には随分と帰っていないようじゃないか。それと、我々はこの仕事を続けるには心身両方が健全でいなければならない。まして、職場の空気が悪ければ、悪い空気は患者たちに良くない。そもそも、病は気からと言うだろう。」

美羽は、美穂子の頬を叩いた手のひらをじっと見つめた。

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