第25話
そうして、インタビュー記事の余波が落ち着きを取り戻したある日。その日は珍しく一番遅く美羽が出勤すると、新宿診療所は慌ただしかった。美羽は良枝を捕まえて、
「何かあったんですか。」と誰ともなしに聞いた。
「美羽ちゃん、遅いわね。珍しい。」と良枝は美羽の遅めの出勤を皮肉りながら、「それが昨日ね、伴野さんがアパートで倒れているって、先生のところへ連絡が入って新宿病院に搬送されたんだけど、今朝方亡くなってね……」
「伴野さん、亡くなられたんですか……」美羽は驚きの声を上げた。
「ええ、それで、昨夜のうちに美穂子ちゃんが、新宿病院へ向かって……もしかしたら今日は美穂子ちゃんこっちへ来られないかも。」と良枝が付け加えた。
「そう、そうですか……美穂子ちゃんが、残念ですね。よく面倒を見ていたから……」と、美羽は言った。
「そうね。でも、そういうのはこの仕事をしていればついて回ることよ。」と良枝はサバサバしていた。
美羽は、美穂子への気遣いを口にしながら、内心は、何か少し安堵した気持ちになった。開院前に藪原医師が帰ってきた。
「伴野さん、身寄りがないって思っていたけど、いつも見回っている社協の人が、岩手に弟さんがいるって教えてくれてね。美穂子が、その弟さんに連絡を取ってくれて、亡骸はその人が引き取るって。美穂子が友野さんの住んでいたアパートへ案内したりするって言うから新宿病院へ置いてきた。」と帰るなり皆に説明した。
「あ、美穂子のことなんだけど、夕方にはこっち寄るけど、しばらく休むかもしれんわ。伴野さんの葬式出たいってさ。あいつ変なところ情に深いっていうか、ああいうところ親父さんにそっくりだよ。」と言った。
その日から、美穂子が帰京するまでの間、新宿診療所は、良枝、藪原医師の奥さん、事務の結衣、そして美羽の四人で仕事を回した。
毎日の日課ようにやってくる近所の高齢患者に、美穂子は不在のことを伝えると、残念がった。美穂子の存在はこの病院では、癒やしなのだと、改めて認識した。そして、伴野の訃報を耳にした患者からは、それについての問い合わせがあった。以外にも伴野の訃報に残念がる人が多かった。美羽には、近所で厄介者の印象しかなかった伴野だが、素面の時はなかなか真面目で、近所付き合いも良い人物ということが判明した。しかし、美羽のようなジョガー達には相変わらず、評判はすこぶる悪かった。だから、中には「とうとう、くたばったか。」などの、心無い声も聞かれた。美羽はそんな批判の声を聞くたび、自分も最初はそのような意見を持っていたことを猛省をした。
伴野は孤独死に近い状態だったが、医療従事者であったにせよ、藪原と美穂子に看取られて亡くなることができた。また、美穂子は伴野のお気に入りの看護師であった。それは、あまり不幸ではない死に方と美羽は思った。同時に故人を偲ぶ人が少なからずいることも。
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