第24話
店を出ると、辺りは薄暗くなっていた。美羽は、そんなに長く話をしていたのかと、戸惑った。話疲れたせいか頭痛がした。久しぶりの中野区への関心を遠のかせ、美羽の両足が一目散に駅のバス停に向かわせた。電車で新宿経由で帰ろうか迷ったが、少し待てばバスに乗れると思い気持ちをとどまらせた。幸い練馬行きのバス停には列が少なく、座る事ができると思った。とにかく少しの間頭を休ませたかった。
しばらくしてバスがやって来た。美羽は、一番後ろの席に座り、遠くを眺めた。
――どうして、あんなに話せてしまったのだろう。――
そんなことが頭をよぎった。況してや初めてあった人に初恋の話までしてしまった。確かに美穂子に初めて会った時も話しすぎた。思い出す度反省する。自分は寂しいのだろうか?と美羽は自分の心の中を探った。
いつの間にか、眠りに入ってしまい、知らぬ間にバスは出発していた。
何日が経ち、美羽のもとに西條から手紙が届いた。当初、自身のメールマガジン(noteと思われる)に掲載予定だったが、知り合いの週刊誌の編集長が記事内容を気に入り雑誌に掲載されるとの旨が書かれていた。そして掲載予定の原稿が同封されていた。美羽はどうせ大勢の目に触れるのだろうと覚悟を決めて、美穂子にそれを説明し、一緒に読んだ。記事は美羽が想像していたものと違い、自分の半生が簡素にまとめられていた反面、アスリートの第二の人生問題としての美羽の生き方に記事が割かれていた。美羽は、自分が今こうやっていられるのは、比較的場当たり的だったが、運が味方になってくれたと思っている。無論、看護師になるための努力もしたが、たまたま状況がそうさせたと考えている。しかし、記事には努力をしたと書いてあった。本当に努力が功を奏したかは美羽には評価できない。自分自身のことなので他人にどう映るかは気にしたことがなかったのでそうには考えられなかった。しかし、西條の問題提起には理解することは出来た。隣の美穂子は、例によってひどく感激し、西條が提起した問題に深く共感していた。美羽はその様子を見ながら、美穂子が到底理解したとは思えなかった。
それから間もなく、週刊誌は店頭に並び、雑誌供給係である美羽より先に美穂子がそれを手に入れた。下世話でスキャンダルな記事が並ぶ中、美羽の記事は比較的前部、二頁に渡って地味に掲載されていた。地味というのは前頁が現職閣僚のセックススキャンダル、タレントとの不倫密会の詳細記事で非常にセンセーショナルな記事が躍っていたからだった。無論、美羽達、読者にはなぜこのような構成になったか知る由もないが、それでも美羽にとってはあまり気分の良いものではなかった。一頁目には現役時代のユニフォーム姿で走っている写真、二頁目にはインタビューの際、西條が撮影した写真が大きく掲載されていた。それを見て美羽はもう少し服装にこだわっても良かったかもと思った。
「写真、素敵ですね、でも先輩って実物のほうが写真より美人かも。」と美穂子が言った。それはお世辞でも素直に嬉しかった。
雑誌発売日から顔なじみの患者から、美羽から求めたわけではないが感想を聞かせてくれた。そして、習慣にしているランニング時にも、挨拶程度だったジョガー達の中からも「記事を読んだ。」と積極的に話しかけて来る様になり、中には一緒に写真を撮りたいと申し出てくる人達もいた。ピーク時は美羽の後に列をなして走る集団まで出てくる有様だった。それは、美羽にとって今まで独りで走ってきた事を考えれば、感じたことがない連帯だった。ちょうどその頃から、呑んだくれの伴野の姿を見かけなくなっていた。
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