第23話
西條は簡単な裏付けを取るために当時の美羽を知る関係者を当たった。取材対象は彼女の同級生や学校関係者、陸上関係者に渡った。総じて美羽の評価は西條自身が彼女に持つ評価と変わらないものだった。残念ながら、彼女が話した事以外目新しい収穫はなかった。また、美羽が中学時代に遭遇した『事件』は誰も語ることはなかった。皆、想像以上に口が堅い。美羽が当事者だからこそ話せたというのが西條の結論だった。
必ずしも真実の暴露が被害者、加害者双方に良い結果になるとはならない。これは、まるで自分の仕事を否定するような考えだが、それはかつて西條も似たようなことを経験しているので、美羽の気持ちを尊重した。無論、一方は法律違反をしているので、然るべき対処をされるべきである。ただ、当の事件から二十年近く経過していること、被害者である如月美羽がその件に関し、加害者に一定の理解を寄せて、決着をつけているということを鑑みれば、これはこのままにしておいた方が良い。寝た子を起こすなというやつである。
もうひとつ、頼まれた事であった美羽を“刺した”娘のその後の足取りについて、少し調べてみた。彼女はその後、郷里の神戸市へ転居し、近くの県立高校へ入学した。しかし、二年生の夏休みに家出をして大阪で補導されたらしい。その一件で高校は退学。その後、神戸を離れ大阪、福岡に住所を転々とし、名古屋までの足取りは掴めた。その後の行方はわからなかった。決して、良い人生が想像できないでいるが、恐らく現在も何処かで生活しているということは親族は把握しているようである。
その中で、一番快く取材に応じてくれた人物がいた。美羽を陸上の世界に誘った高校の先輩、前田かおりである。彼女は現在地元の中学校で教員をし、陸上部の顧問をしている。西條は一通り美羽の話聞かせると、前田かおりは現在看護師として働いている美羽に安堵をして語った。
「あの娘は美人っていえば美人なんでしょうけど、だからといって芸能人のような特別目立つ方じゃありませんでした。走ること意外はあまり自己主張しない性格でもあって。普段は何を考えているかちょっとわからないところがありまして、でも、中距離を志願したときだったかな、あのときは猛烈にアピールしましてね。私自身は、今でも彼女の瞬発力の良さは短距離に向いているって今でも思っていますけどね。」と笑ったから。続けた。
「美羽が高校出てすぐにフルマラソンへ転向事は、彼女はそれなりに身体が出来ていましたし、あの娘に駅伝は必要なかったと誰もが思いました。早いフルマラソンデビューも悪いことじゃないって。ただ、二時間半走り切るメンタルがそこまで鍛えられてなかったかな。だから、奇跡の優勝なんて云われてから少しずつ成績が落ちていって、最後のあのレースは全国中継でしたでしょ。もうとてもじゃないですが見ていられませんでした。私もあの娘を陸上に誘った一人として、なんて言ったらよいか……」前田かおりは俯き加減に語った。
西條は高校当時何か変わったエピソードがないか、訪ねた。「そうですね、あの娘。突然、長かった髪の毛をバッサリ短くしたことがありまして……」
恐らく、沙織が面白がった失恋のエピソードの時だろう。
「あの娘、当時から背が高くて、髪の毛切った姿は男の子様に見えて。そうしたら、学校の女子生徒が練習に見に来るんですよ。ボーイッシュな姿が格好良く見えたらしく。それも少しずつ人数が増えていって、最終的には20人ほどまでになるくらいで。当の本人はあんまり気にもかけていなかったようでしたけど。でも、バレンタインなんかには女の子からチョコレート貰ったりして。思春期のいたずらですかね。」
因みに美羽の親友、上原千絵の父親は現在、警察庁長官官房長職を勤める上原禎之警視監であった。西條が警察庁長官官房宛に質問状を提出したが、ノーコメントであった。
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