第14話
しかし、電話での連絡を期待した美羽だが、電話は来ず、三度目の手紙が届いた。藪原の奥さんも、良枝、美穂子も「本当に、今 時マメな人ね。かなり本気ね。」と声を揃えた。
如月美羽様
○月○日の日曜日、午前十時、待ち合わせ場所の地図はショートメールでは収まらないので手紙に記します。
西條将美
と書いてあった。今回はタイプされた文字だった。美羽は、あの美しく書かれていた文字でなくて残念だと思った。そして、同封されていたもう一枚には中野にある喫茶店の地図が手書きで書かれていた。字を見ると西條が書いたものだった。
美羽は、普段あまり記すことのない手帳に予定日を記した。そして、休日に病院以外で人と会うのは久しぶりだった。それも男性に。帰りにショップへ寄って約束の日に着ていく服でも見てみようと思った。美羽の心は躍った、ほんの小躍り。結局、この日は午後の診察時間が押してしまい、そんな時間はなかった。
アパートに帰ると嬉しい知らせがあった。それは無料通話アプリ経由(LINEだろう、おそらく)で来た電話だった。
「もしもし」
「もしもし、じゃないわよ。顔見せなさよ。」
不躾で懐かしい声の挨拶は、上原千絵(かみはらちえ)だった。美羽とは中学二年から高校卒業までの間密に過ごした友人、美羽にとっては唯一の親友といっても良い。それは千絵も同じだろう。美羽はそう思いたい。そのお互いの信頼は誠実で確実な揺るぎないものを持って。
美羽は、携帯電話を自分の顔が備え付けのカメラのレンズに収まるように離した。
「美羽!」「千絵! 」美羽は千絵の声に歓喜した。スマホの画面には日本人離れしたエキゾチックな顔をした笑顔が映っている。
「まったく、私が電話しなければ全然連絡くれないくせに。千絵!じゃないわよ。」千絵は美羽にむくれて見せた。
「時差もあるし、千絵、あなたは忙しいでしょ。」
千絵は、今、フランスで仕事をしている。高校卒業後、子供の頃からの夢、ファッションデザイナーになるという夢を果たす為に単身イギリスへ留学した。その後フランスへ渡り、有名デザイナーのアシスタントに付き、現在は独立して、デザイナーブランドを立ち上げている。
彼女は、無名だった頃に自分が作った服を有名セレブに「もし気に入ったらパーティや授賞式で着てほしい。」と書き添えて送り、自ら営業して回った。そして、ある有名歌手が気に入り(テ○ラー・スウィフトかレ○ィ・ガガのようなアーティストだろう。ところで何時からシンガーソングライターをアーティストと呼ぶようになったのだろうか。)受賞式で着たことが話題になった。彼女は自らチャンスを生んでものにし、同窓生の中では一番の出世頭になった。それも頭、ひとつどころか、二つ三つ抜き他の追随を許さない。
しかし、千絵が展開するブランドは日本に正規輸入の会社がまだない為に、国内ではまだ、知る人ぞ知る状態になっている。それは美羽にとって残念でならない。が、当の千絵は、あまり気にしていない、それどころか日本で展開することについては消極的でもある。メディアが騒いで取り上げてくれれば売上になるが、自分のブランドを大切にしたいという気持ちがあるらしい。衣服は消耗品であるが、モノとして消費されたくないと言う。正直、美羽にはわかるようでわからない話だ。ただ、そんな親友の想いは共有できなくとも大切にしたいと思っている。
「私の場合はそういう気を使わなくていいの。で、変わりない?お母様元気?」
「しばらく会ってないわ。会えば喧嘩しちゃうから。」
「まだ、そんなこと言っているの?子供じゃないんだから。あんたの事心配しているわ。あ、彼氏出来た? 」
「何よ、それ。」
「何よ、じゃないわよ。お母様以上に私は誰よりも如月美羽を心配してるの。」
美羽は美穂子とあまり変わらないお節介にため息をついて、親友には話しても良いと思い、
「今度ね、デートよ、デート。」と切り出した。すると電話の向こう側で驚きの悲鳴が聞こえた。美羽は悲鳴を打ち消すように、
「デートといっても取材よ。今更。取材よ。」
「取材?」と千絵が 返す。美羽は返事に頷き、西條との出逢いを一通り説明して聞かせた。千絵は、
「気を付けなさい。そう言って近づいて来るのにろくな輩はいないんだから。」
と忠告してきたが、
「まあ、男っ気ないからたまには良いかもね。で、どんな感じ?」
「どんな感じって悪い感じはないわ。だから会うのよ。あ、『西條将美』でググってみて、ルポライターだって。顔も載ってると思うわ、知らないけど。」
「わかっているわ。ほんのちょっと心配しただけ。愛しの美羽。デートの結果は聞かせてね。あと、間に合うかわからないけど、新作送っておいたわ。これからの季節に丁度良いわね。」
「いつもありがとう。」と美羽は礼を言った。
「気にしないで。ごめんね、色々話しようと思ったんだけど、これから、ローマへ飛ぶから。良かったわ。元気そうで。」
そして、少し沈黙があった。
「何処にいても私はあなたの友達よ。」と続けた。千絵は必ず話の最後にこの言葉を口にしている。何かの映画の台詞(※スタートレック2カーンの逆襲よりエンタープライズ号を救うため被爆したMr.スポックがカーク船長に別れ際言ったセリフ)らしいが、美羽にはその出典はわからない。毎度千絵の口から発せられる言葉に美羽は素直に感謝し、別れを言った。いつも、一方的に話をされ、そして聞かれ、電話を切られる。美羽も千絵の近況が聞きたい。家族のこと、千絵の年が離れた弟は、もう大学生になるだろう。彼女の父親はどうしているだろうか。忙しい親友は自分と住む世界が違いすぎる。年々遠くなる友人に寂しくなった。特に今日は会話らしい会話がなく、お互いの生存確認だけで終わってしまい、余計寂しさを感じた。
しばらくして、スマートフォンに美羽の元に送ったという服の写真が送られてきた。ついでに千絵の自撮り写真も。千絵が作る服は美羽の給料では到底手が出ない。デザインも美羽の趣味にあった物で期待は膨らんだが、結局、千絵からの贈り物は西條との予定の日までには届きそうもない。仕方がないので自宅にある有り物で済ませるために前日はクローゼットを開放し、姿鏡の前で独りファッションショーをした。
西條と約束した当日、いつもどおりの時間に起床し、日課である十キロコース(美羽は新宿御苑周辺の他にジョギングコースがいくつかある。一つはアパートがある西武池袋線中村橋駅から、光が丘団地、旧豊島園を回るコースがある。)をジョギングしてからシャワーを浴び、前日に、散々悩み抜いて選んだ緑色のワンピースを着て待ち合わせの喫茶店へ出掛けた。
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