第11話
西條将美の怪我は、後に引くことなく順調に回復いていった。診療所の医師と美羽に言われたことを忠実に守った。今思えば、捻挫の処置は自分でも出来たと思うが、あのときはどうしようもなかった。やってもらって良かったと思う。すぐ助けてもらい、患部をそれ異常傷ませない初期対応が功を奏したと思う。サポーターを付け外しするときにあの看護師、“きさらぎ みう”のことを思い出す。未だはほとんど、歩くときに痛みをあまり感じない。一週間くらいは松葉杖を使っていた。基本怪我をしているとは言え、どこでも行けるのだが、松葉杖姿を取材先や、知り合いに見せたくないと思った。きっとそこでは必ず質問されるだろう。その度同じことを答えなければならないし、相手に要らぬ気を使わせてしまうのも何か気まずいと思った。サポーターだけで歩けるようになるまでは、予定していた取材や打ち合わせはキャンセルした。結果、連絡する度に同じことを話さなければならなくなったのだが。大方は話がつき、理解を示してくれた。お見舞いの言葉と、良くなったら連絡して欲しいというのがほとんどだった。西條はその言葉達に礼を言い、一つ一つ電話口で頭を下げた。ただひとりだけ、話が解ってくれない相手がいた。その仕事はキャンセルになった。もう、よほどのことがなければ自分に仕事を依頼して来ることないだろう。西條は次に気持ちを切り替えた。そして、自宅にいればやることはある。まず、溜まっている原未執筆の原稿を片付けた。電話で出来る取材をこなし、未回収の原稿料の回収の為の請求書を作成した。自由に身体を動かせる訳では無いが、なかなか効率が良く仕事が出来たと自賛をした。そして、杖なしでも歩けるようになってからは、部屋の整理整頓をし、掃除をした。自分の部屋を掃除するのは何年ぶりであろう。西條は普段、原稿執筆の際は行きつけの喫茶店でやるようにしている。それまでは、自宅はとてもではないが仕事が出来る環境ではなかった。杖が必要な間は辛うじて動ける範囲で仕事スペースを確保して挑んだが、日が経ってくると部屋の乱雑さが目に止まるようになってきた。そして、一大決心として、動けるようになったら掃除をしようと決めた。それと、ついでに二十歳から吸い続けているタバコを辞める決心をした。これは美羽が言った影響があったからかもしれない。確かにランニングしていながらの喫煙はマズいと思った。実は美羽に言われるまでそれに気付かなかった。不思議と苛つくこともなく、禁煙は続けられそうだ。まだ、微細な食べ物の味が解るまでになってきたわけではないが。禁煙生活は、ヤニ色に染まった自宅の壁紙の色が気になるようになってきた。
そうして、足が回復するまでの時間、西條の生活は非常に健康的になった。怪我をして健康になるのは皮肉な話だが、これぞ怪我の功名というもかも知れない。この調子で何度禁煙に挫折したかわからないタバコも止められそうで、それは、美羽の指摘に感謝した。そして、仕事の手が空いた時にふと、如月美羽とインターネットで検索してみた。まさか一般人だ。検索してヒットするとは思ってはいなかった。そのように見えなかったが、もしかしたらSNSくらいはやっているかもしれない。もしやっていればどんな人物か掲載している写真や文章である程度の人となりがわかるかもしれない。情報収集は西條の仕事の基本である。諜報活動としては、オープン・ソース・インテリジェンスの一つであり、公開されている情報を情報源としている。最近ではこのような調査をオープン・ソース・インベスティゲーションと呼ばれているらしい。西條が自衛隊にいた頃、ネット社会になれば、ヒューミント、シギント以上に重要視されるのがこの分野ということを教わった。幸い西條はこういった調べごとが好きで、文章を書く以上に夢中になれる。
とりあえず、名前を検索してみる。
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