第8話
美羽が、西條将美を助けてからしばらくが経過した。
「ねぇ、この間美羽ちゃんが助けた人、松葉杖返しに来た?」と良枝が誰ともなく聞いた。
「そういわれれば、まだですね。」と美穂子が答えた。
「先輩、何か聞いています?」と美羽に質問した。美羽は今日まで西條の事を忘れていたわけではなかったが、自分から話題に出す事はなかった。
「いいえ、何で、私なの?何も聞いていないし、そもそも関係ないわよ。」と返した。言ってから、それはおかしいと思った。松葉杖を貸したのは自分であるということを思い出した。
「だって、先輩名刺をもらっているじゃないですか、その後に先輩たちに何か進展があるかと思いまして。」と、あの時の話を美穂子は蒸し返した。
「冗談止めてよ。あれはなにかの間違いよ、恐らくね。私たち何もないわ。そんなに私が助けた患者と付き合わせたいの?」と半ばキレ気味で美穂子に言った。
「結構イケメンだったから、先輩、そういう気持ちがあって怪我した人連れてくると思っていたので。」
美穂子は大きな瞳をくるくるさせた笑顔できれいな白い歯を見せてニヤつきながらに言った。
「じゃあ前に助けた心筋梗塞のおじいちゃんは。あの人からお寿司奢ってもらえるって最初からわかっていて助けたとでも言うの。本気で怒るわよ。」と睨んで見せ、
美羽はそういいながら救いの眼差しを良枝に求めた。良枝はそれを笑顔で返すだけだった。美羽は再び「何か言ってくださいよ。」という視線を、良枝に送ったが、
「そうね、駄目よ。美穂子ちゃん。そんなからかっちゃ。でも、美羽ちゃんと年格好は良いかもね。この間の男性は。」
と前回とは違い毎度のことのように美穂子を軽く嗜めて美穂子をフォローする程度に留めた。
美羽は西條の雰囲気を悪く思っていたわけではなかったが、異性として意識していたわけでもなかった。おんぶしたときにタバコの臭いと無精髭、ボサボサの髪の毛が気になった。付き合うならもう少し清潔感がある男性が良い、そんなことを考えた。
ただ、あのとき美穂子のからかいと良枝の再婚の話が尾は引いた。しかし、あれが出会いの可能性とは思わなかったし、今も思わない。ナイチンゲール症候群のような昭和の少女漫画のような出会いがあるのかと。しかしそう否定しながら、西條の名刺は捨てずに保管してある。他人の名刺は捨てにくいものだ。しかし偽りなく、松葉杖の話を良枝が口に出すまではすっかり忘れていた。美羽の中ではたまたま助けただけの人という印象でしかなかった。
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