第6話

 練馬駅に到着すると、美羽と同じ多くの乗客が西武池袋線へ乗り換えるため階段を登った。

美羽は上京するまで全くといって東京に土地勘がなかった。なぜ練馬区にした理由らしい理由があるとすれば、比較的静かで落ち着いた町、それも東京二十三区内に住みたいと思ったのが一つ、物価の安さがもう一つの理由だった。実家で暮らしていた頃、テレビ番組で激安スーパーが取材(スーパーアキダイだと思われる)されていた。それが記憶に残っていたのかもしれない。そして、当たり前のことだが家賃の安さは生活そのものに影響をする。あとは、トイレ・バスが別々になっていること。あとは少し広めの部屋を望んだ。土地勘がない美羽は、東京生活の経験がある義姉に相談をし、義姉は美羽がもらう予定給与額を考慮して親身に相談に乗ってくれた。東京時代の義姉は一般的なサラリーマンより高い給料を得ることが出来る職業についていた。だからといってその金銭感覚が一般的なそれとずれていたわけではなく比較的常識的なものだった。そのアドバイスを参考にアパートを探した。今になると少し後悔もあった。生活に慣れるともう少し職場に近いところが良い。以前、職場の看護師たちと渋谷に飲みに行き、帰りに池袋まで着いたところであと一歩のところで終電を逃した事があった。あいにくタクシーを利用するまでの持ち合わせもなく、二四時間ATMのこともすっかり忘れ、自宅アパートまで歩いた。日課のジョギングついでに走って帰ろうと思ったが、その時は珍しくヒールを履いていたので歩いて帰ったのだった。西武池袋線の沿線からできるだけ離れないように沿って歩き、目白通りを抜け千川通りを目指した。携帯電話の電池も少なく、地図が頼れなかったので、勘と標識だけが頼りだった。美羽は女性としては、比較的空間認識能力が高かった。マラソンをしていたというのもあるだろう。

女一人で真夜中の都内を歩くのは危険と思ったが、酔った学生や、抱擁するカップルたちを風景にして意外と楽しめた。アパートまで約二時間かかった。今は、電車の乗り継ぎがない場所に憧れてそのうち引っ越すだろう。中野か高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪辺りが良い。不思議と自分のような年頃の女性が憧れるが、渋谷や恵比寿などの街は、美羽にとっては少しばかり眩しすぎる街だった。ついでに言えば吉祥寺は新宿から遠すぎる。そんな華やかな街に暮らしてしまえば逆に外へ出るのが億劫になってしまうだろう、そんなこと考えた。美羽は、特に職場がある新宿を気に入っていた。働くにも、そして走るにも。

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