第5話

 美羽は足早に地下道をくぐり、新宿駅を西へ向かった。普段の、夜勤明けは少し時間をもて余すようにウインドウショッピングを楽しみながら、大江戸線新宿駅の改札まで歩いて行くが、先程の良枝の良縁話か、それとも助けた男、西條将美の影響か、早く帰りたい気分になった。

新宿駅に着き地下へ潜るエスカレーターに足を揃えると、と少し気持ちが落ち着いた。毎度ながらプラットホームまでのこのコンコースの道のりの長さには閉口をする。照明のお陰で底の深さは実感できないが、最初東京生活を始めた時には、何処までも続くエスカレーターと階段は美羽を不安な気持ちにさせた。

東京で便利と思うのは交通インフラにおいての待ち時間がほとんどないことにある。それは美羽の地元とは比べ物にならない。プラットホームに到着すると五分もかからない内に光が丘行きの電車が到着した。時間帯のせいか降車、乗車する人は疎らだった。時折、大きなキャリーバッグを引きずっているのは外国人観光客だろう。郊外の民泊やビジネスホテルに泊まったあと都心に出てくるのだろう。美羽はそんな外国人達を横目に見ながら空いている座席へ座った。通勤時に座ることは都心の交通網の中でも比較的穏やかな大江戸線でも許されないことだった。美羽は、平日のこの時間帯に着席出来ることを自分の中で“夜勤明けのご褒美”と呼んでいた。このわずか二十分足らずの“ご褒美”は大体が仮眠に消えるのだが、この日は何故か眠れなかった。タブレットに真剣な眼差しを送る外国人観光客の様子を何の気無しに観察しながら、真っ暗な窓越しに移る自分の顔をふと確認する、そんなことを繰り返しては天井に釣りさげられた荷物受けの側面に張られた広告を見た。ふと、結婚相談所の広告が目に留まり、嬉しそうに報告してくれた良枝の顔を思い出した。

「結婚か……」

と思わず声が漏れた。声に出してしまった自分に慌てて周囲を見回したが、どうやら声は出ていなかったようで安心した。

そういえばかつての同級性や知人が結婚したらしい。実家の義姉から結婚式の招待状が届いたとの連絡が入る度、仕事を理由に断っている。他人を祝うのは決して嫌ということではないが、出席すると必ず美羽は、「彼氏はいるの?」「いつ結婚するの?」を聞かれる。それはハラスメントだ。質問は笑顔の苦笑いで躱して来たが、それもいい加減、ウンザリだった。それでも、結婚式に憧れた時もあった。結婚式の最初の参加はまだ十代の時だった。近所の幼馴染が突然の妊娠して結婚した時。今思うとあの結婚は十代で妊娠してしまった幼馴染、それをさせてしまった相手とのけじめの為に、挙げた結婚式だったのだろう。しかし、当時の美羽にはそんなことはどうでもよかったし、ただ単純に幼馴染の花嫁衣装に憧憬をもった。しかし、同時に、この二人は肉体的に繋がったのだという思考が美羽を支配し、奇妙な嫌悪感に駆られた。それは、今でもそういった話や場面に遭遇する度に同じ気持ちになる。先程の良枝の話の時も例外ではなかった。特に理由はあるわけではないし、美羽自身に異性と肉体的な繋がりができても、その気持ちに変わりはなかった。

物思いに耽り、ざわつきを胸の奥にしまい終わる頃に、やっと睡魔が襲ってきた。もうすぐ桜台の駅に着く。美羽は睡魔をぐっと飲み込み、椅子から立ち上がりドアの袂に寄りかかった。ガラスに映る自分の表情が少し不安な気持ちにさせた。

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