実は狐の私、4年の交際記念日に溺愛する彼に振られる覚悟で正体を明かしたら、何故か好反応で逆に困惑。しかも彼にも隠し事があったようで......。

杜田夕都

1話完結 彼に正体を打ち明けた

 今日は私と彼の四周年記念日。

 彼とは半年前からアパートで同棲している。

 世間一般のカップルだと結婚も視野に入れる時期ではあるが、私はまだ踏み切れずにいた。

 なぜなら彼に隠し事をしているからだ。


 私は人間ではない。人間に化けている狐だ。


 私たちは代々、人間社会に紛れて暮らしてきた。


 私が小学生の頃、友達と遊んでいた際に誤って狐耳を出してしまったことがあった。


 幸い、友達から報告を受けた大人たちがその話を信じなかったおかげで大事には至らなかったが、友達だった彼らは私を気味悪がり「エキノコックス症がうつる」などといじめられることとなった。


 エキノコックスはネズミを媒介とする寄生虫で、私たちは一度もネズミなんて食べていないのにだ!


 結局、私たち家族はいじめが原因で引越しを余儀なくされた。


 それ以来『絶対に誰にも正体をバラさない』と強く誓った。はずだった。


 彼を騙し続ける罪悪感で心が痛い。胸が張り裂けそうになって眠れない日もある。

 彼は私のことを愛してくれている。けれどそれは私の全てじゃない。


 だから私は今夜、彼に振られる覚悟で全てを打ち明ける。

 

「大事な話って何?」


 二人で買ったマグカップを握る私の手が強張る。

 彼は固唾を飲んで見守っている。

 

「…………実は、ね。私、本当は人間じゃないの。五年前に助けてもらった狐なの……」


 信じてもらえないかもしれないが、その時は耳や尻尾といった証拠を見せればよい。

 嫌われる覚悟はできている。それよりも私の全てを知って欲しかった。


「まじ? ホンドギツネ? キタキツネ? あっ! アカギツネ?」

「ちょ、ちょっと何でそんなに食いつきいいの!? キ、キタキツネだけど……」


「そっかぁ、キタキツネかぁ、じゃあ北海道の方が出身なんだね」


 意外すぎる反応で拍子抜けしてしまった。そもそもそんなにポンポン種類が出てくるものなのか。さらには生息地まで言い当てた。


「驚かないの?」

「そりゃあ、驚いたけど、リサが打ち明けてくれたのが嬉しくて」


 優太は屈託のない笑顔でそう言った。

 私は安堵からかポロポロと涙を流した。


「今まで黙っててごめんなさい……」


「謝らないでよ、勇気がいることだし。むしろ打ち明けてくれてありがとう。俺はリサの全部が好きだよ」


 優太と出会えて本当によかった。

 私は腕で涙を拭った。


「……どうしてそんなに落ち着いてるの? もしかして気づいてた?」


「いいや、全く。あ、でもそう言えば、ごん狐を読んで号泣したことあったよね。あれはそういうことだったのか」

「恥ずかしいから忘れて!……思いが伝わらないばかりか、最後は火縄銃なんて……ってその話はいーから!」


「ごめんって。ところで、五年前ってのは?」


 大事な説明をしていなかった。


「私、5年前に車に轢き逃げされたことがあるんだけど、衝突のショックで狐に戻って倒れちゃって。もうダメかも、って思ったところに颯爽と現れた優太に助けられたの」

「あ! 確かに、大学近くで血を流してた狐を手当てした!」


「それが私です」

「なんと」


 その後大学で優太を血眼になって探し、猛アタックして今に至る。


「怪我は治ったの?」

「うん、おかげさまで」

「それはよかった」


 優太はお人好しだ。時々悪ノリがすぎるけれど。


「ところでさ、狐耳とか尻尾って出せたりするの?」

「だ、だせるけど……ほらっ」


「おぉぉぉ!!」


 私はあれ以来初めて、人間の姿を保ったまま狐耳と尻尾を晒した。


「ひゃっ」


「ちょっと何するの? 勝手に触らないでよ」


「すごいよ。もっふもふじゃん」

「くすぐったいからやめ、てっ。変な声出ちゃうじゃん」


 優太は耳と尻尾を触る手を止めてくれない。


「大丈夫だよ。R15タグついてるし」

「んっ! そういう問題じゃない!」


 私は優太に押し倒された。


「リサのこと。もっと教えて」

「え、でも……うん。少しだけなら……」


 あぁ、またいつもみたいに優太に押し流されてしまう。



\ ピンポーン /



「こんな時間に誰!? 私が出てくる!」


 もうちょっとだったのに、邪魔をされた!

 私ははだけた衣服を整えて、アパートの玄関を開ける。


「優太様のお宅でしょうか?」

「そうですけど、どちら様ですか?」


 そこには、和服を着た髪の長い見知らぬ女性が立っていた。


「先日、優太様にお世話になったものです。よろしければ、お礼に布を織りたいので、一部屋貸していただけないでしょうか?」


「ここ、ワンルームなんですけど……」


「ていうかあなた鶴でしょ。あの時助けていただいた系の鶴でしょ! もう先約がいるから! 間に合ってますから!」


「前作でマレーシアなら一夫多妻で暮らせるとお聞きしました」

「よそはよそ! うちはうち!」


「分かりました。それでは、この布をお受け取りください。失礼いたします」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 鶴は手持ちの布を私に預けてあっさり帰っていった。そういえばあちらは正体がバレたら帰るルールだった。


「誰だったの?」

「よくわからないんだけど、鶴が恩返しにきた。優太にこの布をあげるって」

「あー、先月の山での植林ボランティアの時に遭遇した罠にかかってた鶴かも。罠を解いてやったんだ。元気そうなら良かったよ。凄くいい布だね」


「優太、浮気してたの?」

「浮気じゃないよ」

「私だけを見て」

「リサ、一旦落ち着こう?」


 私は鶴に嫉妬した。同じ属性の人種が現れて本能的に忌避しているのかもしれない。


「リサは俺のどんなところが好きなの?」


「……優しいところ。いつもボランティアも頑張ってるし……」


「なら、今のままの方がリサが好きな俺なんじゃない?」

「そう、かも……ごめん」


 また、優太に丸め込まれてしまう。

 献血カーを見つけたらデート中でも参加するのは控えてほしいけれど……。


「実は俺も隠してたことがあるんだ」

「え、何?」


 話の流れ的に実はたぬきだったとか...?

 期待と不安で胸がいっぱいになる。


「じゃあ話す前に、まずはNDAを締結させて」


「え、NDAって甲とか乙の秘密保持契約のこと?」

「うん」


「企業とかでやるやつでしょ? そこまでしなきゃダメなの?」

「うん、ダメ」


 どうやら書類にサインしないと教えてもらえないらしい。


「わ、わかった」


 私は、優太から渡された紙を恐る恐る開く。


 私の視界が涙でにじんだ。


 その紙の正体は秘密保持契約書ではなく、紛れもなく婚姻届だった。


「心配かけてごめんね」


「うそ、どうして。私でいいの? 狐なんだよ?」


「うん」


 優太は、優しく頷いた。

 私の目から涙がこぼれ落ちた。

 

「俺と、結婚してください」


 優太は跪き、私へ向けて小さな箱の蓋を開けた。中には婚約指輪が入っていた。


「……はい。喜んで」


 私は、声を出して咽び泣いた。


 ここは高級レストランでもホテルでもなかったが、誰よりも人間としての普通の暮らしに憧れていた私のためのプロポーズだった。


 優太が左の薬指に指輪をはめてくた。


「隠し事ってこれのこと?」

「うん。リサの大事な話がなんであれ、今日渡そうと思ってた」

「ありがとう……」


 泣き崩れた私の背中を、優太は優しくさすってくれた。


 私はひとしきり泣いた後、婚姻届に『稲葉 莉佐』とサインした。


 めでたし、めでた



\ ピンポーン /


「またさっきの鶴かも。私が追い返してくる」

「いや、俺も一言、顔出」


 優太の言葉を遮って玄関を開けると、そこに立っていたのは、スーツ姿の男性だった。


「夜分に失礼します。あの時、優太さんに助けていただいた旅行代理店の者です」


「あの時ってどの時!? 旅行代理店の人を助けるって何!?」


「こちら御礼の品です。ぜひお二人でお楽しみください」


 私は、豪華客船の4泊5日のペアチケットを受け取った。


 優太曰く、道に迷った商談を控えた旅行代理店の人を案内したことがあるので、恐らくその人だろうと。


 新婚旅行は豪華客船クルーズ旅行に決まった。


 もう何が何だか分からない。



\ ピンポーン /


「ま、また何か来た」


 もはや、この音が怖い。


「次は俺が出るよ」

「ダメ、鶴の可能性が微粒子レベルでも存在する限り私が出る」


 玄関先にいたのは、またしても男性だった。高そうな腕時計やアクセサリーを身に付けている。


「夜分に失礼します。あの時、優太さんに助けていただいたホームレスだった者です」


「ホームレス!? の身なりじゃなくない?」


「はい、おかげさまで起業に成功し、東証マザーズに上場いたしました」


「えっホームレスから社長さん!?」


「御礼として二階建ての新築物件を送らせていただきます」


「はい? シルハニアファミリー?」

「いえ、実物を」


 絶句。


 その後、優太も駆け付けた。二人は、昔話や新築の手続きについて話し合っていた。


 私の頭はパンクしてしまった。


 こんなの普通じゃない……。


 きっと全部夢だ。私が、これほど幸せになれるはずがない。

 明日、起きたら全てが嘘になっているんだ……。






「リサ、そろそろ起きて」


 寝室に差し込む日の光がとても眩しい。


「おはよう。私、長い夢を見ていたみたい」


 優太の方が先に起きるなんて珍しい。

 私は階段を下りながら、寝ぼけた頭で夢の内容について考えたが、思い出すことはできなかった。

 リビングの扉を開ける。


「おそーい、ご飯まだー」


 子どもたちも起きていた。 

 今日は、半年ぶりに実家に帰省する日だから楽しみで飛び起きたのだろうか。


「はーい。今作るから待っててね」


 私は朝ごはんを子どもたちに食べさせ、荷造りを終えた。


 優太も車庫から車を出し終えたので、子どもたちの身支度を済ませて家を出ようとしたが、おっといけない。出発前に毎日のルーティンをこなさなければ。

 

 私は、子どもたちに号令をかける。


「耳は?」

「「 出さない! 」」


「尻尾は?」

「「 出さない! 」」


「正体は?」

「「 バラさない! 」」


「よし、出発!」

「「 出発ーー! 」」


 私は昨日見た夢の内容を思い出した。私の転機となった日の夢。数年経っても夢に出てくるほど衝撃的な出来事だったということだろう。


 私はあの日、優太と婚約した。

 3ヶ月後に式を挙げ、1ヶ月後に豪華客船の新婚旅行に行った。

 あっという間だったが、どれも私にとってかけがえのない最高の思い出となった。


 その後はこの新居に引っ越し、双子を出産した。

 さらに子育てとの兼ね合いで仕事を辞め、優太と同じ職場でパート勤務を始めた。同僚からおしどり夫婦と言われた時は、嬉しくて一日中頬が緩んでしまったこともある。


 今では、子どもたちは立派な保育園生になった。

 子どもたちには私の教訓を踏まえて、誰にも正体を明かしてはいけないと教えている。


 父と母にも早く二人の成長を見せてやりたい。

 私たちは車に乗り込み、実家を目指して旅立った。


 外はお盆の訪れを告げる狐色の花、キツネノカミソリが満開になっていた。

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実は狐の私、4年の交際記念日に溺愛する彼に振られる覚悟で正体を明かしたら、何故か好反応で逆に困惑。しかも彼にも隠し事があったようで......。 杜田夕都 @shoyu53

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