42、カフスのバカ。



「ぐふっ」


「‥‥‥そのまま消滅してしまえ‥‥‥」


「す、すいませんでした」


「‥‥‥順番とか‥‥‥普通あるでしょ‥‥‥」


 イチャイチャな会話どころか、暴行事件の現場となった夜のご主人様の部屋。


「つ、次は大丈夫な筈です」


「‥‥‥どうせ次は、ニーナさんの奴隷に聞いた事をやる気なんでしょ‥‥‥」


「‥‥‥?!」


 ───バ、バレた?!


「驚いてるけど‥‥‥本当にバレないと思ってたの?」


「な、なんでわかるんですか?!」



 ご主人様に喜んで頂く為に、俺はイケメンの先生方から伝家の宝刀とも言うべき技を2つ伝授されていた。


【んなもん、ケツ叩いて『今日も可愛いじゃねぇか!』って言っときゃいいんだよ】 


【そうだな、隣りに座って『いつも頑張ってるね』って優しく言ってあげたらどうかな?】


 超美麗ネロ様の必殺技を聞く事が出来なかったのが悔やまれるが、ゴードン先生とレックス先生の御2人も女性を喜ばせる為に生み出されたキャラ。

 彼らの選んだ答えで喜ばない女性などいない。


 ───‥‥‥筈だった。


 ご主人様の部屋に入ってすぐに俺が実行したのは、ゴードン先生直伝の必殺技。

 イチャイチャな会話イベントが始まると椅子に座ってしまうので、部屋に入った今しかご主人様のお尻は叩けないという判断。


 驚いた顔でコチラを振り向いたご主人様は、俺を見つめてモジモジとしていたので、最初こそ成功したかのように思われた。

 だが暫くの沈黙の後、ご主人様が繰り出した見事な右ストレートにぶっ飛ばされ、現在に至る。


「カンニングとか最低ね‥‥‥あんたに宿題を出すくらいなら、その辺の石ころと戯れてる方がマシだったわ‥‥‥」


「‥‥‥う」


 そう宿題とは、頑張ってやり遂げる力を育てるために与えられるモノ。

 出される側からしたら嫌なモノでしかないが、出す側からすると相手の成長を願ってのモノなのである。


 ───やはり絶対駄目、カンニング‥‥‥。


「期待した私が馬鹿だった」


「あの‥‥‥もう一度チャンスを」


「もういい」


「‥‥‥そこをなんとか」


「あんたお弁当の為にやってんでしょ? 明日もちゃんと持ってってあげるから、もう出てって‥‥‥」


 そう言ったご主人様の顔は、なんとなくだが悲しそうに見えた‥‥‥。


「‥‥‥お弁当はもちろん大事ですが、別にそれだけじゃないですから」


「嘘つきは嫌い」


「ご主人様を喜ばせたいなと思ったのは本当です」


「じゃあ、自分で考えてなんかやりなさいよ、バカ」


「だって、わかんないんですもん‥‥‥」


「私の事なんてどうでもいいから、わかんないのよ」


「‥‥‥ご主人様すぐ怒るし‥‥‥」


「‥‥‥」


「それに俺はアイツらと違って、イケメンでもないから‥‥‥抱っこするくらいしか考えが及ばなくて‥‥‥」


「‥‥‥あんたがやりたいんだったら‥‥‥それでいいわよ」


「前は勢いでやりましたが‥‥‥アレ、凄く恥ずかしくないですか?」


「私だって恥ずかしいに決まってんでしょ‥‥‥アホ」


「‥‥‥」


「‥‥‥」


「‥‥‥じゃあ、どうします?」


「自分で考えなさいよ単細胞‥‥‥そもそも、あんたはどうしたいの?」


 ご主人様は俯いている為、その表情は確認出来ない。


「俺がどうしたいとか、今関係ないでしょ‥‥‥今はご主人様の気持ちを大事にしないと」


「私が嫌がってるように見えるなら、あんたの目は腐ってるから取っちゃった方がいいわよ‥‥‥えぐり取ってあげようか?」


 相変わらず、口はめちゃくちゃ悪いな‥‥‥。

 でも、この人は口から出る言葉こそ悪いが、本当は凄くいい人で可愛い性格をしていると思う。

 だから、俺はローズ・ブラッドリィを好きになった───


 ───あ‥‥‥そうか!


 『あんたはどうしたいの?』


 ご主人様を喜ばそうとばかり考えているから駄目なのか。

 俺がちゃんとこの人を求めて何か行動を起こしたのなら、きっとこの人は喜んでくれる。

 そして、この人はそれを待っている‥‥‥。


 ───俺の気持ちが大事なんだ。



「覚悟はいいですか? 俺のやりたいようにやらせてもらいます。抱っこだけで終わると思わないでください」


 俺はご主人様の肩に手を置いた。


「‥‥‥うん」


 上目遣いで真っ直ぐ見つめてくる、赤い顔のご主人様はとても可愛い‥‥‥。


 ───もう俺に迷いはない。




 トントントンッ。




「夜分に申し訳ありません」


 部屋に響いたのはノックの音と、落ち着いたおじいちゃんの声。


「‥‥‥」


「‥‥‥」


「カフスです、少しお耳に入れておきたい話がありまして。アルバート様もおられますよね?」


 そして見つめ合ったまま無言で固まっている、俺とご主人様。

 

 ───悪い事でもしてたような感覚になっているのは、なんでなんだろう‥‥‥。


 カフスさんが、ご主人様の保護者みたいだからだろうか?


「‥‥‥返事しないんですか?」


「‥‥‥ほっておきましょ」


「それはまずいでしょ、カフスさん急いでそうですよ?」


 この家の使用人達は、ご主人様が呼ばない限り勝手にこの部屋に訪れる事はほとんどない。

 カフスさんが自らここに来たって事は、急用なのだと思われる。


「いや」


「‥‥‥いやとかじゃなくて」


「じゃあ、先に‥‥‥さっさと‥‥‥チュウしなさいよ‥‥‥するつもりだったんでしょ?」


 ───え‥‥‥チュウ?!


 俺は抱っこして、頭を撫でようとしてたんだけど‥‥‥。


「な、なんにしても、後にしませんか?」


「あんたがどうしてもって言うから、仕方なくやってあげるのよ‥‥‥私の気が変わっても知らないんだから‥‥‥」


 ご主人様の顔はまだ赤いままだ。


「あの‥‥‥俺、初めてなんで、出来れば落ち着いての方がいいです‥‥‥」


「‥‥‥私もだから‥‥‥」


「‥‥‥はい」


 暫く沈黙。


「後で‥‥‥」


「‥‥‥はい?」


「約束よ?」


「はい」




「‥‥‥もう‥‥‥‥‥‥カフスのバカ」


 小さい声でそう言うと、ご主人様は扉に向かってコツコツと歩いて行ったのだった。

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転生したら乙女ゲームの奴隷だった。バッドエンドまっしぐらの『氷の女王』と呼ばれる悪役令嬢に購入されたので、彼女の生存ルート模索します。 心太 @tokorotensama

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