41、客室付き特急機関車。



「おう、アルバート。ちょっと、助けてくれねぇか?」


 ご主人様を教室まで送り届け、屋上しょくばに出勤した俺に声をかけてきたのは先に出勤していた機関車ゴードン。


「ゴードンおめでとう。遂にエリザベス嬢との間に子供が産まれたんだね」


「‥‥‥んなわけねぇだろ」


 なんとも言えない苦い顔をしながら、屋上を走り回っているゴードンの肩に乗っているのは、なんとピエール王子‥‥‥。

 ゴードンは背が高い為、小さいピエール王子はまるで子供のようだ。

 本人は大層お喜びなようで、キャッキャッと声を上げながらゴードンに指示を出し、あちらこちらと走り回らせている。


「ピエール様‥‥‥奴隷との戯れは程々に‥‥‥」


 全くその通りだと思う王子のお供の言葉。


は、ゴードン君が気に入った。次はアッチに突撃じゃ」


「お‥‥‥おぅ」


 走り去っていく機関車に乗ったピエール王子。

 もしかして、ゲームでも王子は屋上に来ていたのだろうか?

 ‥‥‥いや、絶対来てないだろ。

 

 ───いったい、何がどうなっているのやら‥‥‥。







「レックス君はどう思う?」


「楽しそうで何よりだね」


「‥‥‥いや、そういうのじゃなくてね」


 機関車を乗り回すピエール王子を眺めていたら、出勤してきたレックス君。

 いつも通りニコニコとしていらっしゃる。

 

 ───この状況でも動じないとは流石です。


「とても良いと思うよ」

 

 初めこそ相手が王子なだけに、どう扱っていいのか困っていたように見えたゴードンだが、どうやら慣れてしまったようだ。


「おら、いくぞっ!」


「ゴードン君、もっと、もっと高くじゃ!」


 現在は王子を空に放り投げては、キャッチするという危険な遊びをしておられる‥‥‥。

 王子が宙を舞うたびに、俺の横に並んでいるお供の方々から悲鳴が聞こえるが、ピエール王子本人がとても喜んでいるので何も言えない様子。

 本当に、公園で遊ぶ親子に見えてきた‥‥‥。


「まあ、確かになごやかではあるけどさ‥‥‥」

 

「ピエール王子は、ガルシア伯爵とやり合う時にきっと役に立つよ」


「あぁ‥‥‥ちゃんとした話だったの」


 確かにピエール王子が味方についてくれれば、かなり優位に事が運ぶ。

 俺たちみたいな奴隷と交流してくれるなんて、こんなチャンスは2度とないかもしれない。


「おはよう、レックス君」


 急に近づいてきた機関車に乗るピエール王子は、一仕事終えた後の様に爽やかな笑顔。


「ピエール様、おはようございます」


 いつも通りの笑顔で返事をするレックス君。


 ───このイケメンは本当に物怖じしないな。


「後‥‥‥アルバート君‥‥‥」


「あ、はい」


 なんだか難しそうな顔をして、俺の方を向くピエール王子。

 

 ───そういやこの人、俺には挨拶してくれなかったよな?


「えいっ!」


 

 ポコッ。



「いてっ」


 ピエール王子が俺にくれたのは挨拶ではなく蹴りだった‥‥‥。

 ゴードンに乗っかっている為、丁度俺の頭頂部に踵落としのような形でヒット。


「今じゃ、逃げるぞゴードン君!」


「‥‥‥え、逃げんの?」


 走り去っていく機関車とマスコット。


「アル、嫉妬されてるね」


 そして、クスクスと笑っているレックス君。


 ───もう、何なんだよ‥‥‥。









「ピエール王子は、かなりご主人様に執着してますね」


「そう」


 授業も終わり、屋上に迎えに来てくれたご主人様。


「俺、嫉妬されてるみたいですよ」


「‥‥‥もしかして、なんかされたの?」


「あ、いや、軽くコツかれただけですけどね」


 実際、あの蹴りは痛くも痒くもなかった。

 ちなみにピエール王子は、あの後暫く機関車を乗り回して遊んでいたが、「また来るぞ」と言い残しご満悦な表情で去って行ったのだった。


「コレ」


 ご主人様が指差したのは、俺のジャケットに縫い付けられている刺繍。



【ローズ・ブラッドリィの所有物〜お手を触れないでください〜】



「いやいや、相手は男ですし、王子ですから」


 そんな睨まんでも‥‥‥。

 別に俺は今回悪い事してません。


「男だろうが、王子だろうが、あんたになんかしたら‥‥‥許さないから」


「‥‥‥」


 そう話すご主人様の顔は、今まで見た事がないくらい冷たい表情だった。

 

 ───‥‥‥そっか。


 俺に怒ってるわけじゃなかったのな‥‥‥。


「さ、帰るわよ」


「ご主人様、ありがとうございます」


「何?」


「俺の事、心配してくれたんですね」


「‥‥‥べ、別にウジ虫がどうなろうが、私には関係ないんだから‥‥‥」


「嬉しいです」


「‥‥‥」


「でも、あんまり気にしないでください。自分の身は自分で守れますし、それにあの王子、そんな悪い人じゃないと思います」


「そうかしら」


「だって本気で俺に攻撃したいなら、もっと他にいくらでもやりようがあるでしょ? あの人の権力を使えば、奴隷の俺の首を飛ばすのだって簡単な筈ですから」

 

「‥‥‥」


 あ、また怖い顔になった‥‥‥。


「ご主人様、例えです、例え!」


「‥‥‥そうね」


「さあ、そろそろ帰りましょう。あんまり遅いと、御者ぎょしゃの人が心配しちゃいます」


 俺の差し出した手をそっと掴むと、トトトと身体を寄せてくるご主人様。

 その顔は相変わらず真っ赤だ。


「ねえ‥‥‥宿題、ちゃんと覚えてる?」

 

 宿題とはご主人様を喜ばせる為に、何か考えとけっていうアレ。

 王子が帰った後、イケメンズに何をすれば女の子が喜ぶのかを、ちゃんとご指導して頂いている俺に抜かりはない。


「完璧です。帰ったら覚悟しといてください」


「‥‥‥うん」


「‥‥‥あ、ところでご主人様、今日リディア嬢はお休みだったんですか?」


 実は本日、イケメンの最高指導者である超美麗ネロ様は、屋上しょくばにご出勤されていなかった。

 本当は1番アドバイスをもらいたかった人物なのだが‥‥‥。


「リディアさんも休んでた。どっちか風邪でも引いたんじゃないの?」


「‥‥‥それおかしくないです? リディア嬢が風邪引いてネロが休むのは分かりますけど、ネロが風邪引いてもリディア嬢は登校するでしょ?」


「しないわよ多分」


「なんで?」


「私でも休む筈だもん」

 

「え‥‥‥なんで? ご主人様は俺が風邪引いてもちゃんと登校してくださいよ」


「‥‥‥好きな人が辛そうだったら‥‥‥側にいたいんじゃないの?」


 そう言ったご主人様の顔は、明後日の方向を向いていた。





「‥‥‥さっさと帰るわよゴミ虫」


「はい」

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