ハートフル+ING
田中ざくれろ
ハートフリングは荒野を暴走する
そうして人類は永遠の眠りについた。
だが……。
ハートフリングは滅んでいなかった!
「ひゃっほー!」
遺跡の荒野を、身長一メートルの快活なお子様集団が土煙を上げてマシンを疾走させる。
「ぶれーきんぐ!」
先頭の子供用自転車(補助輪付き)がドリフトしながら止まると、三輪車やキックボードに乗ったハートフリング達も次次止まった。
崖の上から見下ろすと、善良そうなハートフリングの家族がイノシシにワゴンを牽かせて走っていた。
「しゅうげきだーっ!」
「ひゃっはー!」
崖の上からマシンにまたがったハートフリング達がワゴンをめざして駆けおりていく。
「うわーっ!」
善良な家族が突然の襲撃にパニックになった。
先頭のお子様自転車にまたがった野党ハートフリングが、ケチャップのチューブを絞る。
「けちゃっぷびーむ!」
「うわー! ちまみれだーっ!」
「はい、きみはしんだからめをつぶってひゃくかぞえて!」
「えーっ! いーち、にーい、さーん……」
野党の襲撃に善良な家族はあっというまに降参した。
ワゴンに積んであった宝箱は襲撃したハートフリングの物になった。
宝箱を開けると人類が使っていたお金の札束が隠してあった。
「こんなもん、ぬりえのかみにもなりゃしねえってのによー!」
ひっくり返した中身は荒野の風に流されて散らばっていく。この荒野では高額紙幣は何の役にも立たない。
今や生態系ピラミッドの頂点に立つハートフリング達は、お弁当のチキンカツを豪快に食いちぎった。
★★★
「ぶるるん! ぶるるん!」
「ばっくおーらい。おーらい」
マシンに乗ったハートフリングの野党は口口にエンジン音を口ずさみながら遺跡のアジトへと戻った。
ワゴンごと捕まった家族たちも一緒だ。
「ほりょたちをろうやにいれろー」
「ごはんのじかんになったらだしてあげるからね」
「これでかぞくがふえたね」
自転車や三輪車を駐車スペースに停めたハートフリング達は自由時間になった。
大きなアジトの中の毛皮を敷いた広場で、腹ばいに寝そべって絵本や漫画やスーパーのチラシを読み始める。
「むかしむかし、あるところに……」
「おじいさんとおばあさんが」
「かぼちゃのばしゃにのって」
「りゅうぐうじょうへとつれていってくれました」
「ももたろうと」
「しちにんのこびとは」
「じゅうじかにはりつけられました」
「ごじらと」
「ばんびが」
「おしらすにひきだされて」
「なんともすてきなぐうぜんのであい」
「みんなー、ごはんよー!」
「わーい!」
山盛りのマッシュポテトとトマトのサラダ。
大きなテーブルに張りついたハートフリング達は頬袋を膨らませるみたいに旺盛な食欲を見せた。
ジョッキのカルピスソーダで皆が乾杯する。
ショートケーキによる眼潰しクリーム合戦が終了するとMCハートフリングが立った。立っても座っても身長はあんまり変わらない。
「みなのしゅう! ちきゅうくらいしすがはっせいしてじんるいがえいえんのねむりにつき、はーとふりんぐがちきゅうかんりをまかされてごじゅうねんになる」
「ぼくのぐりーんぴーす、きみにあげるね」
「きょうもはーとふりんぐはひとりもかけることなくげんきにくらしている。これもまざーこんぴゅーたのごかごであろう」
「おなかいっぱいになったらおねむだよ」
「うめよふやせよちにみちよ。はーとふりんぐはこれからもはんえいする。そして、ちきゅうくらいしすのげんいんをさぐるためにたんけんしなければならない」
「きょうはけちゃっぷまみれにしてごめんね」
「あしたからはほっぽうのだんじょんもーるをたんさくしようとおもう。それではあしたのためにゆっくりきゅうそくしてくれ」
「たんさくだからおべんとうはごうかばんだ。やたー!」
★★★
はりきって寝て起きたハートフリング達は北方のモール遺跡にやってきた。おやつは三〇〇円までの掟を守り。
内側と外側の区別がつかない荒れ果てたショッピングモール。周りに遠方からも来たそれぞれのハートフリングのカラフルなテントがある。
ダンジョンモールと呼ばれるショッピングモール跡は探索の人気スポットだった。
「みんな、おなじことをかんがえているんだね」
「だんじょんもーるはきょうもこんざつだぁ」
「おーい。ぼくたちはうらがわのきけんちいきをいくんだってさ」
「えー。おもちゃうりばにはいかないのぉ」
「しょうひきげんぎれじゃないかんづめがみつかるといいなぁ」
「ちきゅうくらいしすまえのかんづめはらくしょうだよ」
探索パーティは他のハートフリング達が滅多に入らないモールの裏側から入っていった。
眼を配り、鼻をくんくんする。
皆が持ったサイリュームが闇をカラフルに照らす。
止まったエスカレータを歩いて地下まで降りる。
時が止まった近代的なダンジョンを行って歩いて戻って曲がって、また曲がる。
「まだちずにないところだ」
「しんきかいたくだー」
「ここらへんはあかるいからえねるぎーがまだいきてるよ」
「あ、じどうはんばいきだー!」
「やっつけろーっ!」
ハートフリングは通路にあった自動販売機をバールの様な物で打ち壊した。
「ひえたじゅーすがいっぱいあるね」
「かんこーひーにはてをふれるなー。どくだー」
リュックサックをいっぱいにしながらまだまだ通路を進む。
ギャース!
そびえる金属色。
「あ、がーどどらごんだぁっ!」
「うわーっ! さぷらいずどちぇっくだーっ!」
通路が行き止まったゲートをハートフリング達が押し開けると、涼しそうな部屋の前に巨大なドラゴンが立っていた。
機械を剥き出しにしたドラゴン型のロボットだ。眼が黄色く爛爛と光っている。
これがガードドラゴンである事は皆、絵本で読んで知っていた。
「けちゃっぷびーむ!」
一斉にケチャップが放射されるがドラゴンに効いた様子がない。
ドラゴンは口の中の火炎放射器をハートフリング達に向けた。
「ぜったいのぴんちだよ」
「かんでんちばずーか! はっしゃー!」
ハートフリング達は肩に担いだ金属の筒をドラゴンに撃った。
八〇センチの大きな乾電池が、稲妻と共にドラゴンに次次と命中。
金属が焼けた匂い。炎を嚙みしめたドラゴンは帯電の青白い光をまとわりつかせて冷たい床に伏した。
「やったぁ。やっつけたぞ」
「さいごのかんでんちつかっちゃったね。またはっくつしなくちゃね」
「せいかつようぐのほじゅうもしなくちゃ」
「どらごんのへやになにかあるよ」
息が白いハートフリング達は涼しい大きな部屋へと入り込んだ。
その広い部屋は純白とアイスブルーの印象。
壁際には一〇〇もの冷えたガラスのシリンダーが並べられていた。
★★★
ハートフリングの息も白かった。
透明ガラスの中には普段着姿の人間の男女が一人ずつ凍りついていた。冷凍睡眠しているのだ。
「やっぱりここにもにんげんだ」
「みんな、ねてるよ」
「ぼくもおねむだ」
「ここにぼたんがいっぱいのきかいがあるよ」
「おすなよ! おすなよ! ……あ、おしたぁー!」
ボタンを押すと電子音がして空中に大きな映像が投影された。赤いドレープを身にまとった妙齢の美女だ。
「あ、こんにちはー」
「これ、まざーこんぴゅーたのたんまつのりったいがぞうだよ」
「うちのれいはいどうにもあるやつだね」
『おはよう。我がしもべ達。あなた達はハートフリングですね』
「おはようございまーす」
「こえはどこからきこえるんだろ」
『どうやら、ここで眠る人類を回収する為に来たのではない様ですね……』
「うん。ちがうよー」
「ねえ。すわって、おべんとうをたべようよ」
「おべんと、おべんと、うっれしいな」
「まざーこんぴゅーた、ちきゅうくらいしすについておしえてよー」
「あー。れいはいどういがいでまざーとはなすのいーけないんだー」
『私はレベル四までの機密情報を公開出来ます。地球クライシス……それはおよそ五〇年前に起こった過大な情報量爆発による人類存続の危機です』
「ぼくのはんばーぐかえしてー!」
「じゃあ、かわりにぼくがぴーまんおむれつをあげるよ」
「ぴーまんいらなーい!」
『情報に質量があるのは以前から解っていました。理解する、という事は宇宙の質量を増やす事でした。問題だったのはその質量化がある閾値を超えると爆発的に増大する事です。それが解ったのはちょうどその爆発が起こった瞬間でした。理解した瞬間に、その理解によって人類の獲得情報量にあったスイッチが入ったのかもしれません』
「けちゃっぷ、もうないの?」
「まよねーずならあるよ」
『人類は理解、つまり貪欲に宇宙全体を既知化情報に置き換えていました。理解が新たなる理解を生む。人類ならではの好奇心と理解力が世を滅ぼすところだったのかもしれません。質量は地球上で無限に向かって急速増加していきました。無限の質量は無限の重力を生み、ついには自分自身を押し潰します。地球人類の守護者たるマザーコンピュータである私に出来たのは、人類の理解力を遮断して速やかに人工冬眠させる事だけでした。こうして人類文明の栄華は文字通り、永久凍結したのです』
「あ。いま、なんかうまいこといったね」
「だれかざぶとんもってきてー」
『しかし、まだ問題がありました。観測者問題は予想されていた以上に重要だったのです。観測者を失った宇宙は無意味化します。私は人間原理を引き継ぐ為にある種類の新人類を合成、創造しました。……あなた達、ハートフリングです、環境の為にダウンサイジングし、理解力を落とした善性の新人類。それがハートフリングなのです』
「あー。ぼくたちのことだー」
「ねえねえ。なんていってるの」
「よくわかんない」
「まざーこんぴゅーたはあたまがいいみたいだね。けど、ちきゅうくらいしすでどうにかなったりしないのかな」
『私という知性は基板上の人類の模倣です。そしてあなた達に公開した情報はただちにハードクラッシュさせて自壊します。あるレベルの情報公開は深刻に地球環境にダメージを与えますが、自壊によって理解による質量化を最小限に抑える事が出来ます』
「しりすぎるとあぶないんだね。そこはわかったよ」
「へい、まざーこんぴゅーた。ぼくにもなんかごかごをあたえてよ」
「まざーこんぴゅーたは、かごも、しれんもあたえるんだよ。えむしーがいってたもん」
「へー」
「だれか、ぴざぱんとれーずんぱん、はんぶんこしてー」
『これ以上の情報は別の端末を見つけてアクセスしてください。私はただちに自壊します』
発音にノイズが混ざったと思った瞬間、女性の立体映像が消えた。
「あ、はなしがおわったよ」
「ばいばーい」
「だれかいまのはなしかきとった?」
「かみとくれよんがもったいないよ」
「むつかしいはなしだからよくわからなかったね」
「おべんとうおいしかったね」
「このねむってるひとをおこさなきゃいけないのかな」
「ねてるじんるいはさわらないのがはーとふりんぐのおやくそくだよ」
お弁当を食べ終えたハートフリングは、この付近の様子を地図にクレヨンで書き加えた。
一番の戦闘装備を失った今、未踏地帯への前進は危険だ。
元来た道を辿り始める。一時撤退。
今の情報は地上にいる他のハートフリングとも共有しようと決めている。
もっとも詳しい事はよく憶えていないのだが。
後には厚いシリンダーで冷たく眠る人類が残される。
部屋では眠る人間の夢ともいわれる、白い光が閃いていた。
★★★
「ぶろろん。ぶろろん」
「どっどっどっどっ」
エンジン音を口ずさみながらハートフリング達はアジトから出かけていく。
遺跡の荒野には、自転車や三輪車に乗った小さなお子ちゃま新人類が、今日も狩りで走り回る。
「てめえらのちはなにいろだー」
「ごめん。きょうはまよねーずしかないよ」
タヌキやハトを追いかけるハートフリング達はとても元気がよかった。
「がけまでちきんれーすだぜー!」
「さきにぶれーきをかけたほうがまけだー」
「あ、のねずみだ! ききー!」
「ぶれーきをかけたな。きさまのまけだー! ……あああーっ!」
「すごいね。そらをとんでるよ」
「がけのとちゅうできにずぼんがひっかかったね」
「ぱんつーまるみえー!」
産めよ増やせよ。人類なき荒野にはちいちゃな人影が夕陽が落ちるまで走り続ける。
地球の新たなる幼年期は始まったばかり。
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