少女は補助輪を外す

「かんでんちとかざつようひんをあたらしくはっくつしなくちゃね」

「としいせきのみはっくつちいきをたんけんするよ」

「やっほー」

 ある日、ハーフリング達は遠く離れた都市遺跡までやってきた。

 砂に埋もれたここは一〇年前の地球クライシス直前まで大都市だったのだ。

 太陽を背にして砂地からにょっきり出たビルの頭でポーズをつける。がいまいち決まっていない。

 いつも補助輪付き自転車を暴走させていたハーフリング少女。

「そろそろ、あたいもあたらしいじてんしゃがほしいからね」

 色黒の彼女はそう言ってチューインガムを膨らませた。

「がむはつつんでごみかごにー」

「ふーせんがふくらんだー」

「じてんしゃががけからおっこちたんだよね」

「われたー」

 黒い顔にピンクのガムを貼りつかせた少女は皆の視線から顔を反らした。

「みんなー! たんけんするよー!」

 こんな目立つ所はもうとっくに発掘ずみだ。

 皆の狙いはここから遠い、大アリジゴクが巣くっていたすり鉢状の深くい広い穴だ。

 大アリジゴクが大ウスバカゲロウとして巣立っていったのは確認ずみ。

 この巣穴の下にあるはずの未調査区域へと下りていく。

「ろーぷをちゃんともってねー」

「えっちらおっちら」

 ハーフリングは深い穴をえっちらおっちら下っていく。

 崩れやすい砂の地面。命綱は頼もしかった。

 無事に穴の底に下りた。

 スコップで掘ると、砂が崩れるだけで掘り進めない。

 人海戦術で頑張っていると地面が湿ってきて、下への穴が掘れるようになった。

 ビルの屋上であるコンクリートが現れ、階下へと下りていける内部へのドア。

 開けると時間が止まった空気がむわっと出た。

「でぱーとかな」

「えねるぎーがきてるからえれべーたでおりれるよ」

「えれべーたはきけんだっていわれたでしょ」

「かいだんをおりるよー」

「そのまえにひとやすみでーす」

 階下へと続く階段がある広い場所でお弁当をもしゃもしゃ食べる。ここは広くてシートを広げるのにもいい場所だ。

「こっちへいくとりったいちゅうしゃじょうだよ」

「くるまがほこりかぶってるね」

「みちがひろいからこっちをおりるよー」

 天井照明が眩しい駐車場の坂道を下り始めた。

「えねるぎーがきてるってことはちかくににんげんがねてるのかな」

「ろっかい、しゅみのうりばでーす」

「こっからなかにはいるよ」

「ほんやとしーでぃーしょっぷがあるぞ」

「あたらしいえほんだー!」

「かいじゅーのずかんだ」

「しんかいぎょのずかんだー」

「しちょうこーなーがあるぞ。へっどふぉんできけるよ」

「このおんがく、いぇいいぇいだね」

「びゅーてぃほーぴーぽー♪ びゅーてぃほーぴーぽー♪」

「のーきょーぎゅーにゅー♪」

「あ。でんきやがあるぞ」

「かんでんちつかみどりだぁ」

「おもすぎるからえらばないと」

 乾電池が目当てなので荷物はそれ優先となる。

 乾電池バズーカ用の大きな乾電池を三つ入れてリュックはかなりの重さだ。

「またこようね」

 お宝は後で取りにくればいい。ここが安全なのももう解った。

「じてんしゃはあるとしたらいっかいか……」

 スポーツ店を覗いていた肌の黒い少女が残念そうに呟く。

 今日は一階まで寄らない。

 ハーフリング達は屋上へ引き返した。


★★★


 エレベータが一階に着いた。

 黒肌の少女が一人降りる。

「じてんしゃがあるとしたらでいりぐちのちかくだね……」

 ざっと巡ってみたが自転車はなかった。

 皆の眼を盗んで勝手に降りてきたハーフリング少女の探検は空振り。

 エレベータに乗りこむ。屋上にいる仲間と合流しようとして、昇降ボタンが地下一階より地下へ行けるのを見つける。

 地下三階を押す。

 思ったより長い時間がしてから着いた。

「なんだ、こりゃ」

 そこは実質、巨大な吹き抜けの広場だった。

 アイスブルーが基調のその空間を人間達の冷凍装置が占めていた。

 何百という単位だろうか。いやおそらく千を超える。


『侵入者発見』


 この冷えた空間を赤色灯の回転とサイレンの音響が埋めた。

「え。なんでなんで」

 少女は驚いた。

 こんな対応をされた事はない。声からしてマザーコンピュータだ。

 ボタンがいっぱい並んだパネルの光るボタンを押す。

 前方の宙に赤いドレープを着た女性の姿が浮かび上がった。

 と、それは襤褸を着たか細い骸骨の姿に変わって、飛んできた。

「あー! きょうこつだー!」

 少女ハーフリングはアジトの妖怪図鑑で見た『狂骨』を思い出した。

 井戸の釣瓶から不気味に現れた骸骨の様な幽霊めいた妖怪、狂骨。

 床を低くなめて、音もなく飛んでくる。立体映像だろうが不気味だ。

 少女は短い手足で逃げ回った。

 赤色灯に染まった空気の中で白い狂骨はひるがえり、襲いかかる。

「けちゃっぷびーむ!」

 ハーフリングはチューブを絞って逆襲した。

 赤い奔流は立体映像をすり抜けて、何の障害にもならなかった。

「えー! おやくそくをむしするなんてぇ!」

 少女は呑み込まれる様に狂骨の映像に取り込まれた。

 身体が宙に浮いた。

 赤い光の中で、狂骨は少女を体内に納めて静かになった。


『レベル六……最終レベルの情報を公開します……』


 マザーコンピュータの声。この狂骨の内部で反響する声を少女の耳は聞いた。


『世界の摂理を理解しすぎた人間の知識量は、圧倒的な質量を持つ地球クライシス……人類文明全てに破局的な情報嵐、データストームを巻き起こしました。爆発的なデータストームが起こったのは前触れのない日常の一瞬。無限の質量は無限の重力を生み、ついには自分自身を押し潰します。それによって文明は壊滅し、天変地異が襲い、生物の五〇%が無意味情報に変換されました。マザーコンピュータに出来たのは破局に備えてあった冷凍睡眠装置に人間達を捕獲し保護する事だけでした』


 少女の耳に情報が入り込んでくる。

 赤色灯とサイレンが止む。


『マザーコンピュータは冬眠人類の保護者となりました。物理科学における観測者問題は、予想されていたよりも深刻なのがその時解りました。観測する者が希薄な世界では残った物理存在がどんどん……塵、灰、塩、砂へと変換され、時間の流れも断続的に狂い始めました。それでマザーコンピュータは地球の新たなる観測者を急遽創造する事にしたのです。情報の海より汲み取った人工人類。それがハーフリングです。……どうしてハーフリングには互いを呼び合う名がないのか解りますか』


「しらないよ!」

 一方的に情報を押しつけ、唐突に質問をぶつけてくる。そんな理不尽なマザーコンピュータに少女は苛立ちを覚えた。

 だが、狂骨の内部に不安定に浮いている少女は知識を聞かされるだけだ。


『その秘密は「言葉」にあります。人工人類であるあなた達の会話には実は個人・場所・時間のコードが密かに埋め込まれていて、互いにそのデータを無意識下で共有するのです。勿論これはマザーコンピュータがもたらした仕様。無意識に個性を識別しているのです。非言語域で互いを識別するので名による特定は必要ありません。これは大事です。名前とは情報の中で最も意味量が多いのです。……ハーフリングは嘘をつけません。ただ情報を不完全に理解し、不完全に発信するだけ。名前を使わない。これがハーフリングが情報爆発を回避している方法なのです』


「だまってきいてりゃはーふりんぐがふかんぜんだのなんだのって、あんたなにさま?」

 自分に名がない事など少女は考えた事もなかった。


『神様です。人工の。……あなたはデータ・モンスター・狂骨について知見がありますね。狂骨はあなた達ハーフリングの象徴。あなたは子供の様な小さな身体の分しか外部情報空間と接点がありません。それは狂骨も同じ。深い井戸の中に満ち満ちた水量があっても、釣瓶一杯を汲み上げるのが精一杯。豊富な知識のありかを知っていても、自分の脳に合った器量しか汲み出せない。小さな釣瓶の中で「自分はこれっぽっちなのか。こんなはずじゃなかったのにな」と弱っている狂骨があなた達の、いえ人類を含めた全知生体の象徴なのです』


「よくわからないよ、ちんぷんかんぷんだ」

 少女がそう言うと宙に浮いていた狂骨が床へ降り、ハーフリングは固い足元を踏みしめて立つ事が出来た。

 離れた狂骨の映像に赤いドレープの女性の映像が重なる。

「あなたはいったいなにがしたいの」


『喋りたかったのです。私自身も無限のデータバンクから己に見合う器量しか提供し得ない狂骨。解らないとは重要です。理解すればあなたはデータストームを爆発させるでしょう。私は語るだけ。知識は時間の底に沈殿します。私はもうすぐハードクラッシュし、人工冬眠維持に必要な機能だけ残して自壊します。さようなら。現在進行形の人工人類よ』


「あなたはわかってもらえないきおくをいっぽうてきにつたえてまんぞくなの」

 少女がそう言った時、狂骨=赤いドレープを着る女性の像が一瞬乱れた。

 その瞬間。

「かんでんちばずーかだっ!」

 ハーフリング達の声がして、紫電と共に大きな乾電池が飛来した。

「しびびびびびび!」

 色黒のハーフリング少女は感電した。マザーコンピュータの立体映像が消失した瞬間だった。

「だいじょうぶ?」

 階段を降りてきたハーフリング達が少女に駆け寄ってきた。

「あれはきょうこつだね。ずかんでみた」

「しびれてるの? けがはない?」

「ききいっぱつだったね」

「だからたんどくこうどうしちゃあぶないっていってたのに」

「えれべーたをつかったんでしょ。め!」

「それにしてもすごいかずのにんげんたちだね」

「これがみんな、ねむってるのか」

「ぼくもちょっとねるよ。またせんとうがはじまったらおこしてね。すやぁ」

「おきろー」

 少女はここで何が起こっていたかは伝えなかった。

 というより大部分が理解の範疇を超えていた。

 少女がマザーコンピュータに言われた事はあやふやな知識断片でしかない。

 狂骨の正体がマザーコンピュータだというのは仲間達には伝えなかった。

 夢の様に溶けて消えていくこの感触。

「さあ。みんなでもどろう」

「このかいだんをおくじょうまでのぼるのかー」

 少女はアイスブルーの空間を去り、仲間と一緒にこのビルの屋上へ。

 そしてそこから自分達のアジトへ戻る為の旅路へ着いた。


★★★


「ただいまー」

「おむつはしょうどくだぁ~!」

 待っていたハーフリングが、アジトに帰ってきたハーフリング達に蒸気放射器を浴びせかけた。

「ぼく、もうおむつしてないもん」

「わー。むしぶろきもちいー」

「ありがとぉ。おへそもきれいにして」

「ふくきたままおふろはいれるからいいね」

「こんかいはせんりひんがいっぱいだよ」

「えほんもしーでぃーもでんちもかんづめもいっぱいあるよ」

「みんなー。ごはんよー」

「わーい」


★★★


 МCハーフリング達が夏の風に吹かれながら縁台で将棋を指している。

 その駒は歩が二つも三つも縦に並んでいたり、香車が横の金を跳び越えたりとアグレッシブに動いている。

「おうてひしゃとり。まった」

「ぼくもおうてひしゃとり! まった!」

 ハーフリングにとって将棋とは、駒が将棋盤をぺチンぺチンと打つ音を楽しむ物だった。

 色黒の少女はそんな光景の横で窓縁に腰かけ、荒野を見ている。

 あれから色色あって子供用自転車は再入手出来た。

 しかし少女の胸の中を空しい風が吹き抜けている。

「ねー。でかけないのー」

「みんなまってるよー」

「ぼうそうしようよー」

 三輪車やキックボードの暴走ごっこ仲間がリーダー格の少女に発進を促す。

 少女は走る気分にならず、彼らに眼を合わさなかった。

「あたい」少女はフーゼンガムを膨らまし、そして割った。「じてんしゃのほじょりんをはずそうとおもうんだ」

「えー。なんでー」

「ばらんすとれるのー」

「ころんでないてもせんせいはゆるしませんよ」

「ほじょりんがなくなるなんて、みちのりょういきだー」

「りーだーはちゃれんじゃーなんだね」

 しょうじょはガムをクチャクチャ噛んだ。「あたいのなをいってみな」

「えー」

「りーだーはりーだーだよ」

 ハーフリングは自分達に名がない事を特に気にしていない。

 少女はあのマザーコンピュータが言っていた重要情報を一割も理解していない。

 だが、記憶に引っかかるものを確かに感じていた。

 マザーコンピュータは確かに自分に地球クライシスの原因を伝えたはずなのだ。

「ほっほっほっ。なやんでいるな」

 気がつくとMCハーフリングが窓辺の自分の横に立っていた。

「なやめなやめ。なやみつづけておおきくなって、そしていつかはてんまでとどけ。はーふりんぐはたんさくしつづける。うむ。ふえる。そしていつかはせかいのなぞをとくのじゃ。みなのしゅう、うめよふやせよ!」

「れっつ・うめよふやせよ!」

 ハーフリング達はMCの後に続いて唱和した。

「そしてたべなくちゃね」

 いつもはらぺこな者が後に続けた。

 少女は自転車の補助輪を外す為に立ち上がった。


 地球の新たなる幼年期は始まったばかり。

 ハーフリングはいつだって現在進行形なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハートフル+ING 田中ざくれろ @devodevo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ