第3話「家族」

ドアを開けると、そこには俺と年の変わらなそうな女性が、びしょ濡れで佇んでいた。


「すみません、急に失礼とは思いますが、少し雨宿りをさせていただけませんか?」


「え、ええ。構いませんが」


どういうことだ?俺達以外にもこの世界に人がいるのか?

訳も分からずに女性を家に招き入れる。


「とりあえずシャワーでも浴びてきてください。着替えは後で置いておきます」


「すみません、ではお言葉に甘えて」


彼女がシャワーを浴びている間に着替えを探す。男物だが、俺の服もいくつかあるし適当に探してみた。するとなんと、女物の服がいつの間にか補充されていた。ほんと何でもありだなこの世界。

その中からいくつか見繕って脱衣場に持っていく。


「あのー、着替えここに置いておくので、着替えたらリビングに来てください。暖かい飲み物でもご用意します」


「すみません、お構いなく」


やがて、彼女がシャワーを終え、リビングにやってきた。


「どうぞ、そこに掛けてください」


コーヒーを差し出し、対面に座ってもらった。


「砂糖やミルクはいかがですか?」


我ながらここの住人としての姿も板についてきたな。


「いえ、お構いなく。何から何まですみません」


「いいんです。減るもんじゃないんで」


彼女の顔には?というマークが浮かんでいるようだ。


「では失礼ですが、状況を整理していいですか?」


コーヒーを飲みながら質問を始めると彼女が口を開いた。


「最近は担当している女の子と、お見舞いに来ていた男性が昏睡状態になって大騒ぎになったり、他にも超能力に目覚めたとかいう人たちが急に意識不明になって担ぎ込まれてきたりで大忙しでした。なのであまり眠れていなくて。少し落ち着いたタイミングで帰れることになったんですが、どうしても眠くて、仮眠をとっていたんです」


彼女の名前は西川 陽奈。看護師の彼女は勤め先の病院で夜勤を終え、帰る前に仮眠をとっていたそうだ。そして目が覚めると土砂降りの草原にいた。


「俺と同じか」


「え?」


「実は、俺もここの住人じゃないんです」


「それってどういう、というかあなたどこかでお会いしたことが……?」


「パパー、その人だあれ?」


部屋から紬が戻ってきた。


「この人はお客さんだよ。紬、パパはこの人と大事なお話があるから少し部屋で遊んでてくれるか?あとでお昼にするから。今日は冷やし中華だぞー」


「わーいちゅうかー!」


紬は嬉しそうな声をあげながら自分の部屋に戻っていく。


「え、紬ちゃん?え、でもあの子よりだいぶ幼いような。でもそっくりだし、そういえばあなたも紬ちゃんと一緒に意識不明になった北村さん!?」


「西川さん、落ち着いてください。順を追って説明します」


俺は自分に起きたことと、あの手紙に書いてあった内容を彼女に伝えた。


「つまりここは現実ではなくて、その紬ちゃんの願いが叶うまで出られなくて、しかもその願いはわからないと」


「残念ながらそうなんです。西川さんの話を聞くに、どうやらあなたは紬の担当をされていたようですが、あの子、何かそれらしいことを言ってませんでしたか?」


「いえ、私は去年から今の病院に勤めているんですが、今年から彼女の担当になってまだ2か月とちょっとで。よく遊んではいましたが、そういったことは特に」


「そうですか。ではここを脱出するために、協力し合いませんか?」


「ええ。それはもちろん。こちらからもぜひお願いします。ではまず何から始めれば……」


しばらく考え込んだ後、とりあえず昼飯にすることにした。紬を呼びに行くか。


「ちゅうか、ちゅうか!」


「冷やし中華な。運んでくるから、座って待ってなさい」


「私も手伝います」


「むぎも、むぎもお手伝いするー!」


こういう賑やかなのもやっぱりいいな。昔、施設にいたころは毎日騒がしくて少しうんざりしていたが、大学生になってからはずっと一人暮らしで、人恋しかったもんだ。


三人で食卓を囲むと紬が口を開いた。


「お姉ちゃんはどこからきたの?」


「え、えっと、お姉ちゃんは旅人さんなの。でも帰り道が分からなくなっちゃって、しばらくここに泊まらせもらうことになったの」


咄嗟にしてはよく出てきたが、旅人って。紬がまだ幼くてよかった。


「たびびとさん!あとでいっぱいお話聞かせてー!」


「うん、いいよ。これからよろしくね」


よしよし、紬はすっかり受け入れてくれたようだ。

昼食を終えた俺たちは紬と一緒に遊ぶことにした。


「よーし紬、今日からは3人だし、遊べるものが増えるぞ!何がやりたい?」


「んっとねー、ババ抜き!」


「なんだ、今朝トランプタワーを作ってたばかりじゃないか。紬はトランプが好きなんだな」


「だってパパと二人でやったときはどっちがババ持ってるか分かっちゃって楽しくなかったんだもん」


「それはそうだが、西川さんもそれでいいですか?」


「ええ、紬ちゃんのやりたいことをさせてあげましょう。それと私のことは陽奈でいいですよ。これから共同生活を送るんですから、よそよそしいのはよしましょう?」


「それもそうですね、じゃあ始めようか」


ババ抜きというのはシンプルなゲームだが、みんな結構熱が入っていた。

陽奈さんは終始完璧なポーカーフェイスで、いち早く抜けた。上がった瞬間は嬉しそうだったが、すぐに恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。


残るは俺と紬だ。紬は真剣そうな顔をしている。

今ババを持つのは俺。何とかして紬を勝たせてやりたい。そこで俺はある策に出た。


よくある常套手段だが、あえてカードを一枚だけ上にはみ出させて動揺を誘うというものだ。しかし使い古されたこの方法は、むしろ負けてやりたいときに他のカードを引かせるための優しい作戦になる。俺の想いが通じるかはわからないが、子供だってわざわざ一枚だけはみ出したカードを引くことはないはず。これならいける!


「えい!」


だが違った。紬は純粋すぎた。なんと俺が仕向けたカードを馬鹿正直に引こうとする。マズい、当てが外れた。慌てて俺はカードを握る力を強める。


「んー!パパー、カード取れないよー」


どうする?どうすれば負けられる。考えろ、考えるんだ!

その時間およそ10秒。俺はもう一つの古典的な方法を思い出した。ええい、ままよ!


「あ、紬!窓の外にうさぎさんが!」


紬の大好きなうさぎで気を引く作戦だ。いわゆる「あ、UFO!」である。これも使い古されたネタだが純粋な紬なら……。


「え、どこどこ!」


紬はカードから手を放して後ろの窓を見る。紬が純粋でよかった。その隙に俺はババともう一枚のカードを入れ替える。


「もー、うさぎさんなんてどこにもいないよ!」


「すまんすまん、気のせいだったみたいだ」


紬はプンプンという擬音が出そうなくらい脹れながら、もう一度カードを引く。今度は力を抜いて素直に引かせる。


「やったー!むぎのかち!お姉ちゃんには勝てなかったけど、うれしい!」


「うわー、残念だー!」


「さ、さすがです湊斗さん」


ふう、わざと負けるというのも一苦労だな。


一通り遊び終えた後、陽奈さんに紬のお風呂を任せて、俺はもう少し家の中を見てみることにした。

謎の手紙に書いてあることが本当のこととは限らないし、他に脱出の方法があるかもしれない。


手始めにあまり見ていない書斎に行き、本棚を調べていると、手に取った本から、小さな鍵が落ちてきた。どこの鍵だろうか。書斎の中を見渡すと、机の引き出しに鍵穴があった。もしかしたらこれか?鍵を差し込むと、ビンゴ。鍵が開いた。引き出しを開けると中に紙切れが入っており、そこには奇妙な図が描かれていた。これは、ここの本棚か?


図によると、壁際の本棚の上から4つ、左から7冊目の本に印がついていた。その本を引っ張ってみると突如本棚が動き出した。


そこに現れたのは重そうな扉だった。ドアノブはあるが開かない。さっきの鍵が使えるかと思ったが鍵穴もない。何度かドアノブをひねったり、ドアを押したり引いたりいろいろ試していると、紬を風呂に入れていた陽奈さんが、紬を連れてやってきた。


「湊斗さん、大丈夫ですか?なんだか大きな音がしましたが。えっと、その扉は?」


「脱出の手掛かりがないか少し家の中を見ていたらそれらしきものがあって、そしたら急に現れたんです。でも押したり引いたりしてみてもびくともしなくて。今日は遅いので続きは明日にしましょう。すみませんが紬を寝かしつけてもらえますか?」


「ええ、紬ちゃん、一緒に寝よっか。寝る前にお話を聞かせてあげるね」


「やったー!パパもむぎが眠るまで一緒にいて?」


「仕方ないな、それじゃ行こうか」


紬を連れて3人で子供部屋に向かう。陽奈さんが旅の話、どうやら学生時代に行った旅行の話を物語風にアレンジして紬に聞かせていると、紬が口を開いた。


「なんだかお姉ちゃんと一緒にいるとぽかぽかする。お姉ちゃんがむぎのママだったらいいのに。パパはママのお話全然してくれないの」


「ま、ママ!?」


陽奈さんは頬を赤らめながら動揺している。


「このおうちにいる間だけむぎのママになってほしいな。だめ?」


「こ、こら紬、失礼なことを言わない」


陽奈さんはまだ20代前半くらいだぞ、それを娘だなんて、気を悪くしたら…。


「み、湊斗さんが良ければ……」


「え」


動揺する俺に陽奈さんが続ける。


「こ、ここを出るまでですからっ!へ、変な意味ではないですからね!?」


「こ、こちらこそ陽奈さんがよければ……」


「やったー!パパもママもだいすき!」


なんだかよくわからない展開になってきた。しかし陽奈さんも紬の気持ちを考えて勇気を出してくれたのだろう。彼女の気持ちを無碍にするのも忍びない。


「それじゃ、今後ともよろしくお願いします」


「こちらこそ不束者ですが、よろしくお願いします」


「じゃあ俺はこの辺で。リビングのソファにいるので何かあれば声を掛けてください。廊下の突き当りの書斎の向かいに寝室があるので折を見て休んで下さい。それでは」


ベッドから出ようとすると、いつの間にやら眠っていた紬が俺と陽奈さんの服の裾を握っていた。

いかん、無理に動けば起こしてしまうかもしれない。


「ど、どうしましょうか」


戸惑っていると紬が呟いた。


「パパ、ママ行かないで……」


しかしまだ眠っている様子だ。どうやら寝言らしい。


「湊斗さん、起こしちゃうとかわいそうですし、このまま眠ってしまいませんか?間に紬ちゃんもいるし。わ、私は気にしませんよ!」


さっきから勇気の出し方がすごい。やはり女性は肝が据わっているな。


「分かりました。けどしばらく様子を窺って、紬が手を離したら俺は移動します。では、電気を消します。おやすみなさい」


「おやすみなさい」


紬に裾を掴まれたまま器用に身をよじり、枕元の明かりを消す。明日は一体どうなることやら。


「とりあえず明日はあの扉だな」


いろいろ考えているうちに、俺は瞼を閉じていた。

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知らない世界で目覚めたらパパになったんだが 苦労人-kurouto- @kuroutodayo

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