第10話「再突入」
「本当にあの人に話すのかい?」
ルシウス先輩は怪訝そうな顔で俺に問いかける。
「彼は、アレク教官は確かに強い。けれどあの人は限りなく学院と王宮騎士団に近しい人間だ。危険すぎる」
「けれど他に手がありますか?学院は俺達の話に耳を貸さないでしょう。認めてしまえば自分たちの失態を認めることにもなるし、そもそもデーモンや帝国の影の存在なんて信じない。それは先輩だってわかるでしょう?」
「それはそうだけど……」
「後手に回っていては奴らが何をしでかすつもりかわからん。今のうちに危険の芽は摘んでおくべきだ。それに教官殿は忠義の男だが決して権威的な性格を持つ人ではない。誠実にこちらの言い分を伝えれば公平に判断してくれるだろう。その結果どう転ぶかはわからんがな」
「ロイク、教官を一番近くで見てきたお前がそういうなら恐らく間違いはないはずだ。先輩、どうですか?」
「うーん。ナジャ、あなたはどう思う?最終的な判断をするのはこれまで騎士団に代わって群れを束ねてこの周辺の平和を守ってきたあなたに委ねられるべきだと僕は思う」
皆が先輩の発言に頷く。
「私は人の良き友人であろうと努めてきました。そしてその道中で対面したこの窮地。今更我が身可愛さに退くことは出来ません。そんなことではあの時の女騎士様と、そしてニーニャに顔向けできません。群れのリーダーとして腹を括りましょう。皆もその覚悟のはずです。ルシウスさん、ロイクさん。そして皆さん。どうかご助力ください」
「あいわかった俺たちに任せろ!」
いの一番に啖呵を切ったのはランスだった。
「ここまで来てビビるとかねぇよな!やれるだけのことをやるぞ!」
「ええ、そうです。みんなで説得すればきっと何とかなるはずですよ」
ランスに続いてメリィも賛同する。
「分かった。皆がそういうのであれば僕も先輩として今更逃げ出すようなカッコ悪い真似はできないね。アレットも良いかい?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ、行こう」
ナジャ達をキャンプに残し、俺達は学院に向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「人語を解する友好的なゴブリンだ?頭でも打ったかルシウス」
気が逸ってみんなで捲し立てるように話してしまい、案の定教官はいかにも意味不明だと言わんばかりの顔をする。
「みんな落ち着いて。順を追って話そう」
ルーテル先輩が仕切りなおす。
「話を整理すると、1年前お前達は訓練の最中に友好的なゴブリンに出会い、友誼を交わした。そしてそいつらは今でも人助けを続けていて、そして今新たな脅威の前にお前達に協力を仰ぎながら自分たちも人のために危険に立ち向かうと。そういうことだな?」
「そうです」
「そしてその脅威には、帝国が一枚噛んでいるって言うんだな?」
「そうです」
「はぁ。仮にそれがすべて真実だとして、奴らがいつ気が変わるともわからんぞ。やがて群れが大きくなり人々の信用を得れば、その信頼を利用して人に仇名す存在にならんとも限らん。何より、帝国の脅威というのがありえん。俺はもちろん、王の眼の監視網を掻い潜って帝国の刺客が侵入しているだと?とても信じられん。そして俺が信じてもどうやって学院の目を欺く。俺はここに籍を置かせてもらっている身だ。そして友のため、何の大義もなく学院や王国に逆らうことは出来ん。その俺を説得するだけの覚悟と信念がお前達にあるのか?」
「このロイク・ドットにはある。そして我が友ルシウス・アーカードにもな」
「ほう」
「皆はどうだ?」
「もちろんだ」
「ええ」
「ああ」
「ロイク。お前がそこまで言うとはな。それにお前達のその目、気迫。嘘をついているとは思えない。だが何の保証もなく王国の勢力の一翼を担う俺を動かせると思うな。学院の防衛のこともある。万が一、この話に嘘があった場合。そしてお前達の認識と事実が異なった場合。その友好的なゴブリンとやらが怪しい動きをした場合はゴブリンは殺す。お前達はよくて除籍か、審問に掛けられれば結果次第じゃ不敬罪で死ぬまで投獄か外患誘致罪で命を落とすことになる。いいな?」
俺達はもう一度頷く。
「分かった。お前達を信じよう。俺もできるだけの手を打つ。だが向こうもお前達に一度縄張りを荒らされた以上、次はもっと堅牢な要塞になっているだろう。もしかしたら死体を見つけられなかったことでお前達が情報を持ち帰っていることにも気付いているかもしれん。万全の態勢で行く必要がある。しかし今回は正規軍は動けん。王の牙も正式な任務でなければ動かせん。俺も信用できる奴らをいくつかあたってみる。お前達も声を掛けておけ」
「分かりました」
そして俺達はそれぞれの伝手をあたって仲間を集めることにした。決行は明日の朝だ。しかしこの秘密を話せるだけ信のおける人物かつ戦力になり、明朝の作戦に臨める者はそうはいなかった。
「なかなか難しいですね」
「ああ、やっぱりそううまくはいかないか」
「大丈夫よ。おじ様と、そのかつての仲間たちもいるんでしょう?」
「私も頑張ります!」
俺達の呼びかけに応えたのはフィリアとジュナ、そしてアレット先輩と同郷で同じ師に手ほどきを受けていたというメンフィス先輩とディナス先輩の4人だけだった。しかもあの時いたロイクのとこの小隊メンバーの3人は他言はしないことは約束してくれたが、今回の戦いには不参加ということだった。俺達が罰を受けることになれば彼らも同じ目に合うが、それでもデーモン達ともう一度対峙することは出来ないという。無理もない。俺だってあの異様な気配には正直震えた。そして帝国が背後にいるなら何が起きるかわからん。彼らを責めることは出来ない。
「なんだ、これっぽっちか」
作戦の前にあらかじめ決めていた集合場所に集まった俺達にがっかりした様子で声を変えてきたのはアレク教官だった。そしてその背後にいるのは
「フィリア!?どうしてお前がこんなところにいる?早く学院に戻りなさい!ロイク君のことが心配ならパパに任せろ!」
……え?
フィリアの父親って、まさか王宮騎士団副団長のヴァイク・オーフィス!?
「すまんな、俺も本当に信用できる相手となるとこいつくらいしかいなかった。まあ大物は俺達に任せておけばいいさ。お前達は万が一が起きないように常に周囲の雑魚を蹴散らし続けろ。そして生き残るだけでいい。あとさ、ヴァイク。いい加減親離れしろって。フィリアだってもう自立した立派なレディだ。もう昔の可愛らしくて妖精みたいな泣き虫の女の子じゃないんだ」
教官もちょっと私見が漏れているな。
「それにこの子の入学時の成績はお前にも教えたろ?あれから成長もしている。どうしても心配なら俺とお前でこのヒヨッコどもと一緒に守ってやればいい。違うか?」
「ちっ。だがフィリアにもしものことがあれば俺はこの場を離れるぞ!ただでさえ今回は非公式で情報の確度も低い作戦だというのに。久しぶりのお前の頼みだからディナに頭を下げてこの時間を作ったんだ!フィリアが怪我でもしたら承知せんぞ!くそ、こんなことが団長や王に知られればどうなることか……」
「はいはいわかったわかった。この借りは必ず返すよ。それに……、フィリアには怪我一つさせねぇ」
その瞬間の教官の気迫には、思わず鳥肌が立った。
「ぬぅ。その言葉、信じよう。そろそろ突入の時間だ。行くとしよう」
明け方、日が昇りきる前に要塞と化した地下ダンジョンの入り口に集まった俺達はわずかな手勢で、再度敵の懐に潜り込んでいった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「この道で合っているんだな?」
「はい。道中は殆ど一本道です。この前よりモンスターのレベルが上がっていることが気になりますが、このまま進めば無事デーモン達のいる広間に到着するでしょう」
流石に王国随一の伝説級の猛者が二人もいると、その辺の魔物なんてあっという間に叩き伏せてしまう。
今回配置されている魔物達は俺達では数回は打ち合う必要があるが、彼らは豆腐を切るように防具と、攻撃を防ぐように前に差し出された武器ごと容易く切り裂いていく。これが王家を守る剣であり、盾である者たちを率いる器か。次元が違いすぎる。これならあのデーモン達でも……
「見えてきました!」
ルーテル先輩の声に、改めて意識を集中させると、あの時の広間が眼前に広がっていた。あの時崩れた足場は何事もなかったように修復されていた。
「大丈夫そうだ。魔術か何かで直したようだが、簡単に崩れるような感じじゃない。下に通っていたという洞窟ごと埋め立てているな」
「それなら心置きなく戦える!」
全員が武器を構える。
「待て、この場にいる敵の数、800は下らん。お前達は前回500体近く倒したんだろう?とてもこの短時間で自然発生する量じゃない。それにこれだけの範囲を埋め立てるスピードも尋常じゃない。お前達の言う通り、何かあるな。キナ臭い何かが。全員常に警戒を怠るな。俺とヴァイクがいても、全員を守れるとは限らん」
教官の言葉に全員が手に汗を握る。すると奥の扉が開いた。
ウオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!
あの時の咆哮が轟く。奴らだ。そこには確かにあの2体がいた。そして背後には、赤ローブがいた。
「おい、アレク。俺の記憶違いじゃなければあのデーモンは……」
「俺も同じことを考えていた。あの額の傷、“あの時”の個体だ。なぜあいつがここに。そして背後の赤ローブ。あの紋章の入った留め具、帝国の手先で間違いなさそうだ。マズいな。一度退いて正式に王宮騎士団を派遣する必要があるかもしれん」
「そ、そこまでの敵なのか」
「ああ、フィリアの身に何かあってはいかん。一度戻って改めて俺の指揮のもと2番隊で攻略しよう。その時はアレク、お前もこい」
その瞬間、とてつもない殺気が俺達に向けられた。それと同時に周囲の魔物達が一斉に矢を放つ。
「くっ、退け!」
しかし既に背後にも200体ほどの魔物がいた。
「やるしかないか。ヴァイク、腕は鈍っていないよな!?」
「それはこっちのセリフだ!教官殿!」
「ヒヨッコども、事前に伝えた通りに動け。決して功を焦るな!命を落とせば終わりだ!俺達が大将首を落とす!」
教官の言葉を聞き終えると同時に、全員が臨戦態勢に入る。
そして戦いの火蓋は切って落とされた。
その時デーモンが、不気味に笑ったように見えた。
魔女狩りの英雄譚 苦労人-kurouto- @kuroutodayo
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