第9話「再会」
「そこにいるのはもしかしてルシウスさんではないですか?」
ロイクがこじ開けた穴から覗き込んできた相手には見覚えがあった。
「あれはゴブリンか……!やはり命運尽きたか」
「大丈夫だロイク、あいつは味方だ」
そう、こちらを見ているゴブリンは1年前に俺達が出会った、人と争わないゴブリンの群れを束ねるリーダー“ナジャ”だった。
「ナジャ、どうしてこんなところに?」
「詳しい話は後にしましょう。お二人ともかなり消耗している様子だ」
ナジャが数名の仲間と共に縄梯子を使って降りてきた。粗末な布で作った吊り下げ式の担架に俺達を乗せると数人がかりで釣り上げていく。
「助かったよナジャ。本当にもう助からないかと」
「いえ、たまたまこの辺りで村人が失踪するという話を以前助けた商人から聞きまして。隠れながら調査をしていたのです。そうしたらあの要塞に入っていくルシウスさん達を見かけて声を掛けようと思ったら他の人間がいたもので」
突入前に感じた気配はナジャ達だったのか。
「他の皆さんも無事ですよ。ここから少し行った先の湖の湖畔に臨時でキャンプを設けているのです。そこで治療を続けています」
それから15分ほどでキャンプに到着した。
「ありがとう。少しは体力が戻った。治療できるところまでは自分で歩く。案内してくれ」
ナジャに連れられ灯りの漏れている天幕に入った。そこには10数台のベッドと薬品が積まれて置いてあった。
「おい、お前ルシウスか!無事だったんだな!」
「「ロイク様ぁ、よくぞご無事で!」」
あの時はぐれたみんながそこにいた。
「よく無事だったね」
横に立っていたのはリラだった。
「もう歩き回って平気なのか?」
「平気。私とアレット先輩は軽傷だったの。だから少し休息をとってみんなの応急処置を手伝ってた」
「皆さん揃いましたしルシウスさん達の怪我を診たら一度状況を整理しましょう。……私達のことも含め」
そうだった。ここでナジャ達の事情を知っているのはあの時一緒に訓練をしていた5人だけだ。これはマズいな。
「で?こいつらは一体なんだ?助けてもらった恩がある。いきなり事を起こすつもりはないが、しっかり説明してくれよ。魔物には昔から辛酸を舐めさせられているからな」
ロイクの言うことももっともだ。魔物は通常排除するべき敵。いや、駆除するべき害獣といったほうが適当か。
「まずは私から話しましょう。ただ魔物である私の発言だけでは納得していただけないでしょうからルシウスさん達もお願いします」
それから事情を知らないメンバーに事情を知るメンバーから必死に説明をした。
「人と争わない魔物ね。通常なら信じられん話であり、騎士として見逃すことは出来ん。しかしルシウス達の話が本当ならば、俺も刃を向ける気にはなれんな。少女を育て、人助けを続けている。そして今俺達を助けたこの者たちを。お前達はどうだ?」
ロイクが自分の小隊の面々に問いかける。
「ロイク様がそうおっしゃるならば我々は異論はありません!」
ロイクの取り巻きのダズとミグが揃って言う。他のメンバーも半信半疑という感じだが首を縦に振ってくれた。
「ルーテルが信用する相手ならば私も信用しよう」
よし、これで全員の同意が取れた。
「皆さん、ありがとうございます。最近では私達の活動が広まり、この辺りの村々や商人の皆さんとは良い関係が築けていたのです。そのお陰で今回皆さんの命を救うことができましたし、ここの薬品だって今まで救った方々からのご寄付です。折角出来た人間との共存の第一歩を手放すのは辛かった。本当にありがとう」
ナジャは瞳に涙を浮かべながら頭を下げた。
「顔をあげてくれ。助けられたのは俺達だ。俺にやり直す機会を与えてくれたのもお前達だ。これから困ったことがあったら俺を頼ってくれ。こう見えて名家の出なんでな。善行の為なら権力や財を投げ打つことは厭わない」
一番の堅物だったであろうロイクがこれなら、あとのことは大丈夫そうだな。これからも騎士団にバレないようにうまく立ち回っていく必要はあるが。
「皆さんの理解も得られたところで、話をしましょう。あの要塞について」
「あそこは正直異常だったぜ。魔物の凶暴性や装備の質がこれまでの比じゃなかった。それに最後に現れた奴ら、1体はサイクロプス、もう1体はデーモンとか言ったか?どっちも大都市周辺にいるような奴らじゃねえだろ。王都とザーラント周辺なんかじゃ特にな」
ランスの言う通りだ。最近の魔物の勢いはおかしい。
「私達がここの調査に入った経緯からお話しします。3か月程前、ホワイトウルフの群れに襲われているキャラバンを救出した時のことでした。通常ならばホワイトウルフは常に10頭以上の群れを形成しているはずが、その時には4頭しかいませんでした。しかもそのすべてが手負いでした。もし群れが揃っていれば勝ち目はなかったでしょう。荷物は諦め、キャラバンの皆さんだけを連れて逃げるしかなかったでしょうが、そんな状況でしたから、我々とキャラバンが雇った用心棒2人だけで見事討伐しました。」
「そのキャラバンの連中はすんなり協力してくれたんだな」
「ええ、我々のことを知っていたようです。それに人間に認知してもらえるように、昔ニーニャが私たちゴブリンを描いてくれた似顔絵を、旗や装備のあちこちにあしらっているのです。どうです、深みのある絵でしょう」
そういうナジャは頬が緩んでいる。よっぽどニーニャといい関係を築けていたんだろうな。実に微笑ましい。まぁ絵は、味があるというか何というか。だが本人達が気に入っているならいいか。この絵を見たら自然と敵対心も解けそうだ。
「コホン、では続けましょう。キャラバンの皆さんを救った後、彼らの行先でもあり、普段お世話になっている近くの村の村長の家で軽い宴会のようなものをしたのです。酒場では騎士の目につく恐れがありますから。そこでこんな話を聞いたのです」
『最近この村では神隠しが頻発していましてな。犯人は痕跡から言って人ではなく魔物の類かと思われます。領主様に調査と討伐の依頼をしたのですが、近々帝国との戦の兆候があり、5年もしないうちに大規模な戦争が始まるだろうということで、大抵の騎士様は領主様の屋敷や関所の警備に置く最低限の数を残して各地にある都市で対帝国戦の訓練を行っているそうでそんな余裕はないと。村の自警団で何とかせよと言われたのですが、なにぶんこの村も殆どが子供か老人ばかり。労働人口は騎士団や都会へ流出していくばかりでどうしようもないのです。わずかに残った若者達も村の維持や食い扶持で精一杯で。それに……』
『それに?』
『以前神隠しの現場を見たという商人がこう言っていたのです。魔物達は赤ローブの人物が操っていたと』
「赤ローブ!?」
「ルシウス、知っているのか?」
「ああ、俺は以前そいつらの仲間に襲撃を受けたことがある。それと、デーモン達と対峙したときにそれらしい人影を見た」
「マジかよ!?よく無事だったな」
「襲撃時は魔物の群れはいなかったし、幸いとんでもない味方がいたからな。要塞の時の奴は俺達は死んだ思っているだろう」
「その赤ローブなんですが、この辺りの村々でしばしば話を聞くのです。それに赤といえば、帝国は全身赤備えの装備で知られています。何か関係があるのでは……。しかしそんな憶測や噂話では領主様たちは動いてくれないでしょう。それに万が一帝国の軍勢が暗躍しているのであれば、王の眼が黙っていないはず」
王の眼。王の牙と双璧をなす王家直属の隠密部隊。確かに彼らが気付かないというのも妙な話だ。
「赤ローブのことはひとまず置いておいて、人々を救うことを使命にしていることとは別に、初期から我々を信用し、良質な皮防具やロープなどを融通してくださっていた、防具屋のラットさんのご子息が攫われたというので悩む時間はありませんでした。我々は神隠しについて調査をすることにしました。調査の末、我々は神隠しの元凶を突き止めました」
「それがあの要塞か」
「そうです。中の様子はあまり探れていませんでしたが生存者がいないか、新たな被害者が出ないか我々は地道に調査と見張りを続けていました。しかし新たな犠牲者はいなくなったものの、ルシウスさん達がここにくるまでにおっしゃっていましたね。洞窟の中には動物の骨と、人骨があったと。そしてサイクロプスの首飾りの頭蓋骨。恐らく攫われた方々は既に……。私達はあまりに無力だ」
「何言ってんだ。お前達はよくやっているさ。お前達のおかげで俺達は助かったし、新たな犠牲者は出ていない。そしてこれからもだ」
「これからも?それはどういう」
「騎士団の力は借りられなくても、学院にはとんでもない人がいる」
俺の言葉に全員が顔を見合わせ、同時に同じ人物を思い浮かべた。
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