第8話「決死」
落ちた先には川が流れていた。
そのため、落下してすぐに命を落とすことはなかった。しかし全員流されてしまい生死は不明だ。
あいつらなら無事だと思いたいが。
結構な距離を流された俺と一緒に打ち上げられた奴がいた。
「くそ、何だって言うんだ。あんな奴らがいるなんて聞いていないぞ!」
ロイクだった。よりによってこいつと二人きりか。まあ戦力としては頼もしいが、よく見ると足を怪我しているようだ。それに全身に無数の擦り傷や打撲を負っているようで、あまり激しい動きはできそうにない。
俺も大きな怪我はないが、全身が痛む。今またさっきのデーモン達が襲ってくればひとたまりもないだろう。
「ロイク、怪我しているみたいだが、歩けそうか?」
「問題ない。だが魔物が現れたときには全力は出せそうにない」
「そうか、なら様子を見ながら少し先を見に行こう。肩に掴まれ」
「ああ」
ロイクを支えながら先を進むことにした。
しばらく行くと焚火の跡があった。だいぶ川に流されてすっかり冷え切っていた俺達は、そこで暖を取ることにした。
「それにしてもさっきの奴ら、一体何だったんだ?あんなの、学院が設置されているような大都市に周辺に生息しているレベルではないぞ」
「確かに。最近魔物達が妙に知恵をつけたり狂暴性を増していることと何か関係があるのか?」
ニーニャの村を襲った狂暴なゴブリンの群れやこの要塞だけじゃなく、対抗戦に備えて各地で受けてきた魔物の討伐依頼で戦ってきた奴らはあまりにも狂暴で、集団としての能力が秀でていた。
きっと何か理由があるに違いない。
「とにかくはぐれたみんなが心配だ。そろそろ暖まってきたことだし、また進んでいこう」
「ああ。ダズやミグ達も俺がいなくてはまともに戦うこともできないだろう。きっと俺を探しているはずだ」
ダズとミグ、ロイクの取り巻きだったか。ただの主従関係かと思ったが、彼らの心配をするなんてロイクも意外と面倒見がいいんだな。
立ち上がり、先を進もうとすると洞窟の向こうに明かりが見えた。
あれは松明か?俺達は全員川に流されたし使えないはずだ。ということは魔物か?
俺たちは慌てて近くの岩陰に身を隠す。装備は残っているが、ロイクの魔力はさっきの戦闘で結構使ってしまったし俺は小さな種火を出したり、コップ一杯の水や、蠟燭を消せるくらいの風しかだせない。近接戦闘で怪我をしているロイクを頼ることもできないしな。
「ン、オレ達ここを離れてからずいぶん経つはずなのに、まだ焚火、暖かい。何かいるゾ」
マズい、勘付かれたようだ。
「ロイク、あとどれくらい魔術を放てる?それと、能力強化魔術≪エンハンス≫や属性付与魔術≪エンチャント≫は使えるか?」
「出来て2,3発ってところだ。エンハンスやエンチャントは扱えん」
俺への強化が使えないなら、ロイクの魔術を俺の能力で強化して隙を作り、真っ向から切りかかるしかないか。
「ロイク、あいつらを引き付けてから先頭の2体にそれぞれファイアを放て」
「あいつらはオークだぞ。ゴブリンならともかく、手負いなうえ魔術師でもない俺の下級魔術を放ったところでどうなる。ここは静かにやり過ごしたほうがいい」
「魔物は鼻がいい。俺たちの血の匂いで直に気づかれる。それよりよく聞け。俺の能力を覚えているか?昔、帝国と戦った時のだ。俺の能力はあれだけじゃない。俺は触れている間、対象の魔術の効果を強化できる。普段ならお前の魔術を戦略魔術級の威力にだってできるが、今の疲弊した状況ではそこまでは無理だ。だがお前の2発のファイアを、ブレイズくらいにならできる。それを奴らにブチかまして隙ができたところを俺が一気に叩く。いいか?俺の合図で放つんだ。絶対に外すなよ」
「なんとも信じがたい話だが既にお前の規格外の力は見ている。どうやら嘘ではなさそうだ。ならばそれに賭けるしかあるまい。俺が外すことはまずないが、そのあと討ちもらして全滅などという笑えない事態になれば、あの世でお前を呪うぞ」
「わかった、それでいい。よし、構えろ。奴らとっくに俺たちに気づいてこっちに向かってきている。もう少し引き付けろ。まだ、まだだ。もう少し」
オークの群れが俺たちの隠れる岩場から3メートルのところまで来た。
「今だ!」
「ファイア!ファイアァァァ!!」
ロイクの右手から俺の能力で強化されたファイア、もといブレイズが2発、オークめがけて飛んでいく。よし、先頭の2体にヒットした。
敵は全部で5体、動揺している隙に残りの3体を一気にまとめて切り伏せる!
「うおおおお!」
感触はあった。
「やったか!?」
しかし振り返るとそこには、リーダー格らしきオークが一体立っていた。
「き、キサマァァァ!」
デカい牛刀を構え、俺に向かってくる。くそ、ここまでか。ロイクにあの世でも付きまとわれることになりそうだ。既に避けるだけの力はない。諦めた俺はそっと目を閉じた。
「させるかぁっ!!」
刹那、眩いばかりの一閃が、閉じた瞼をも貫いて、確かに見えた。
そして目を開くと、そこには縦に両断されたオークの姿と、剣を振りかぶった姿勢のロイクがいた。
「お前、まだそんな力が」
「このロイク・ドットをなめるな!ドット家はただのボンクラ貴族の家ではない!かつて王国の発展に尽くした武人の血統。その我が一族に代々伝わる一撃必殺の剣よ。成功させたのは今回が初めてだがな。俺だからこそできたことだ!」
そう言い切ると、糸が切れたように倒れこむ。俺も最後の力を振り絞ってロイクを受け止め、一緒に倒れこんだ。さすがはアレク教官が見込んだだけのことはある。教官の言う通り、こいつは大物になるかもな。
力を使い果たした俺達は、そのまま深い眠りについた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しばらくして目が覚めると、そこはまだ地下の川沿いだった。
「この先どうしたものか」
すると先に目覚めていたらしいロイクが、足を引きずりながらこっちに近づいてきた。
「目を覚まさんから先を見てきた。残念ながらこの先もずっと暗い洞窟と、川が続いている。しかしある一点だけ、微かに天井から光が射していた。もしかしたらそこをこじ開ければ、外が見えるかもしれん」
少し休憩をしてから、ロイクの言っていた地点まで進むと、確かにそこには光の射す空間があった。しかし天井は高く、なんとか穴を開けられても上ることは不可能だ。それに魔術も使えない状況でどうやって穴を開ければいい。
「大丈夫だ。少し休憩したおかげで、もう一発だけファイアは放てる。あれくらいならどうにかなりそうだ。しかし崩落の危険性もある。どうする?」
確かに危険だ。だが今できることは他にない。このまま先の見えない洞窟を歩いていても力尽きるか、また魔物に襲われて死ぬ未来しかないだろう。
「今はやれることをやろう」
「よし、分かった。少し離れていろ」
俺が離れると、ロイクの手に小さな火球が現れる。さっきのオークとの戦いの時よりも弱々しい。本当に最後の一発だろう。
「ファイア!」
放たれた火球。そして崩れる天井。なんとか下敷きにはならなくて済んだ。
「後は今の音で誰かが気付くのを待つしかないな」
「ああ、そうだな」
本当の本当にすべてを出し切った俺たちは、その場に大の字になって寝転がる。
「おい、ルシウス。今まですまなかったな」
「なんだ、急にしおらしくなって。お前らしくもない。いつもの高慢な態度はどうしたんだ」
「あれは俺の本当の姿ではない。俺はいつも、自分を大きく見せていただけだ。本当の俺は、醜く、弱い。このまま死ぬかもしれないんだ。勝手を言ってすまないが、死ぬ前に懺悔をさせてくれないか。聞き苦しかったら、耳を塞ぐか、俺の息の根を止めろ」
「……続けろ」
騎士の情けだ。最後かもしれないし、好きなだけ語らせてやろう。
「我がドット家はな、さっきも話した通りもともと武人の家系だ。そして貴族の名家でもある。だから幼少のころから厳しく育てられた。しかし俺は父、ドミナス・ドットの期待に応えられなかった。落ちこぼれの俺は、よく優秀な兄と比べられていたんだ。俺を不憫に思った母と兄は、俺を責めるどころかいつも庇ってくれていた。しかし優秀だった兄は帝国との戦で命を落とし、そのショックで元々病弱だった母は一気に体調を崩し、俺が10歳の時に亡くなった。それ以来父は落ちこぼれだった俺を唯一の跡継ぎとして、より厳しく、時には恐ろしいまでの執念で育てた。俺もそれに必死に応えたが、兄には到底及ばなかった。そのうち父は俺に期待するのを、やめた」
ただのボンボンだと思っていたロイクに、そんな過去があったのか。
「父に見放された俺は、やがて荒んでいき、幼馴染のフィリアとも距離を置いたんだ。やがて俺の周りにはドット家の権力の庇護下に入るために取り入ろうとする、ロクでなしの貴族の、俺と似たような落ちこぼれの子息共だけが集まるようになった。最初はダズやミグもそいつらと同じだった。しかし同じ時を過ごすうちに、あいつらも俺と同じように、貴族に生まれ、重責を背負い、応えられずに壊れてしまっただけだと分かった。あいつらだけは、俺にとってかけがえのない友となった。あいつらの本心がどうかはわからないがな。そして俺は、二人と一緒に、権力という殻に籠って人を傷つけることしかできなくなったんだ」
「俺はお前のことを誤解していたようだ。勝手に生まれついてのアマちゃんで、才能と権力に溺れているだけの、ただのロクでなしだってな」
「実際に俺がやってきたことだ。間違いじゃない。だがもしもここから生きて帰れたら、傷つけたみんなに償いをしたい。死力を尽くし、全てを打ち明けた今、そう思えたんだ。その時は勝手な申し出だが、俺の友になってはくれないか。どうか頼む。俺が二度と、道を誤らないように」
「ああ、いいぜ。アレク教官からも頼まれたんだ。お前と仲良くしろってな」
そういうと、二人して思いっきり笑った。
どれくらい笑いあっていただろうか。そろそろ笑う力も尽きるかというころに、さっき開けた大穴から、何か聞こえてくる。これは、人の声だ!俺たちは声にならない声で必死に呼びかけた。
すると穴からこちらを覗く顔が見えた。
それは、人ではなかった。
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