第4話 won't you come with me?

「いらっしゃいませ。多賀様と桝井様ですね。お待ちしておりました」


「こんばんは。マスター」


 あくる金曜日、俺と建は『bar belle』を訪れていた。店に向かう道中散々建に冷やかされたので、もう既に体力を消耗してしまっている。


 顔見知りになったマスターに挨拶をし、俺達は澪ちゃんが立っているカウンターの1番奥の席に座った。


「こんばんは。おふたりともお待ちしておりました」


「おー、久しぶり!」


「こんばんは。澪ちゃん」


 手をヒラヒラ振っている建を横目で見つつ、俺は軽く手をあげた。


「ご注文は何に致しますか?」


「俺はマティーニにしようかな」


「俺も同じのお願い!」


「お前酒弱いんだからいきなりはやめとけ…」


 彼女は俺達のやりとりをにこやかに見つめている。やっぱり何度見ても美人だよなあ、と頭の隅で思った。カクテルを作る手つきも素早く、なめらかで、綺麗だ。


「ねーね、正直颯汰さんのことどー思う?この人イケメンなのに、あんましモテないんだよねー」


「おいコラ変な質問すんな。困るだろ、澪ちゃんも」


 冷静にたしなめるふりをするが、正直かなり気になる。彼女の目に、俺は一体どう映っているのだろうか。


「颯汰さんはとても魅力的な方です。いつもお仕事への情熱に溢れていらっしゃいますよね。それに惹かれる方も多いのではないかと思います」


 彼女は笑みを湛えながら言葉を紡いだ。お世辞でも、社交辞令だとしても素直に嬉しい。


 てか、今苗字じゃなくて名前、呼んだよな。名前で呼んでくれたんだ。






「ん、んん…、あー、しんど…」


「だから言ったじゃねえか…」


 出てきたマティーニを飲んだ建は、案の定すぐに酔っ払ってしまった。いきなり強い酒を頼むのは珍しい。水を飲んだ方がいいだろうと、コップをカウンターに置いた。


「大変申し訳ございません。アルコール度数は低めで作らせていただいたのですが…」


 すごく申し訳なさそうに謝りだす澪ちゃんに、俺は慌てて手を振った。


「いや、澪ちゃんのせいじゃないよ。こっちこそごめんね」


 このままにしておく訳にもいかないので、店の前にタクシーを呼ぶことにした。


「おーい、建大丈夫か?」


「は?!べつによってないですけど!なんですか!」


「うぉっ!?急にデカい声出すなよ」


 とりあえずタクシーに奴を押し込んで、運転手の方に家の住所を伝えた。


「そうたさんがんばってくださいねぇ~いろいろとぉ~」


「おー、お前もなー。明日気をつけろよ」


 ユラユラ揺れながらタクシーに乗っていった姿を見て少し心配になるが、タフなあいつなら大丈夫だろう。後でメッセージを送ろうと思いながら深呼吸をした。


 まあひとまず嵐は去った。店に戻って続きのカクテルを飲もうと思いつつ、先日建から来たメッセージを思い出す。


『この勢いでデートとか誘っちゃいましょ!』


 デート、か。共通の話題があるとはいえ、澪ちゃんは俺と出かけたいなんて思わないだろう。


「そもそも恋愛対象に入ってるかも怪しいよな…」


 考えていると急に不安が頭に満ちてくる。1人で唸っていると、店内から澪ちゃんがひょこっと顔を出した。



「颯汰さん、桝井さんのご様子は大丈夫でしたか?先程は失礼しました」


「いや、こっちこそ色々とドタバタしちゃって…」


 店の雰囲気を壊すようなことをしてしまって、申し訳なく思う。次はマジで気をつけよう。


 声を掛けられたことによって、考え事から少し意識が離れた。悩んでいても仕方がない、大事なのはタイミングだ。


 気を取り直して、注文した2杯目のカクテルに口をつけた。ジャズピアノの中で、澪ちゃんがグラスを片付けたり、瓶を移動させている音が静かに聞こえる。このジャズはきっとマスターの趣味だろう。


「この曲は80年代に作曲されたものらしいです。私もあまり詳しくはないのですが…。とてもいい曲ですよね」


「そうだね。なんか聞いてて落ち着くなあ」


 リラックスできているのはこの曲や、店の雰囲気だけではない。目の前に彼女が居るからだ。


 心地よい空気に浸っていると、不意にカウンターの上においていたスマホが光った。マナーモードにしておいて良かったと思う。手に取ると学生時代からお世話になっている先輩からだった。こんな時間に連絡が来ることは珍しいから、急用か何かだろうか。


「ごめんね、ちょっと電話してくるわ」


 澪ちゃんに一声掛けて、店の外に出る。小さめの照明がある場所に移動し、電話に出た。


「もしもし、こんばんは。どうしました?」


「おー、もしもし。こんな時間に連絡してゴメンな。実はさ、3週間後ぐらいに知り合いのデザイナーが展示会兼ねたパーティーやるんだけど、良かったらどう?」


 詳しく話を聞くと小規模ではあるが、ファッション界ではそこそこ有名な方もいらっしゃるというパーティーらしい。カジュアルめな服装でも参加できるようで、先輩は何人かに声を掛けている最中とのことだった。


 そういえば最近事務所での作業ばかりで、外部の方と交流することは少なかったかもしれない。このようなパーティーでは人脈も広げられ、楽しめるので一石二鳥だ。


「多分予定も空けられると思うので、行けると思います。お誘いありがとうございます」


「なら良かったわ!でも意外と来れない人も多くてさ、颯汰って誰か誘える人居たりする?俺の知り合いじゃない人とかでも」


「そうっすね…えーっと、あ」


 澪ちゃん、誘ったら喜ぶかも。


 大学生の彼女にこのような機会はあまりないと思う。それに、ファッション好きな彼女であれば間違いなく食いつくだろう。


 そして何より、デートができるチャンスだ。






「デザイナーの方の展示会ですか?」


 グラスを磨いていた澪ちゃんは、少し目を丸くさせて顔を上げた。


「うん。パーティーもやるみたいでさ、楽しめると思うよ。良かったら一緒にどう?」


 話をすると彼女はたちまち笑顔になった。


「私で良ければご一緒させていただきます」


「ほんとに?良かった。じゃあまた諸々分かったら連絡するね」


「はい!ありがとうございます」


 すぐに返事を貰えたことに安堵する。それと同時に、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。


『服装とか身だしなみいつもよりちゃんとしとかないとな…』


 少し浮かれ気味なことを自覚し苦笑する。こんなに心が華やぐ恋は初めてだ。彼女の表情、仕草の一つ一つが頭に浮かんで消えることがない。




「3週間後、楽しみにしていますね」




 ほら、また。

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三十路ファッションデザイナーの恋煩い @o__to

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