エピローグ

 現在住んでいる館の中庭で、ガーデンチェアに座ってハリソンの最後の手紙を読んでいたライラは唇を噛み締める。

 堪えきれず、頬に一筋の涙が伝っていく。


「本当に、この方は……」


 折りたたんだ手紙を両手で持ち上げ、大事に大事に胸元に添える。

 こうしているだけで、ハリソンと寄り添っているような、そんな気分になってくる。



「ライラ……またその手紙を読んでいたのか」



 背後から男の声が聞こえてくる。

 ライラは涙を拭うと、男の方に振り返ってこう言った。


「ごめんなさいね、。この手紙、いつ読んでも心にくるものがあるからやめられませんの」

「手紙を読むのをやめられないのはわかったが、私のことをその名前で呼ぶのも、〝様〟をつけるのも、いい加減やめてくれないか。私はもう王族でも何でもない、ただのなのだから」

「ふふ、そうね。いい加減その呼び方にも慣れなくちゃね」


 う。

 ハリソンは幸運と不幸が重なった結果、こうして名前を変えて生き延びることができた。


 ハリソンは二度目の手紙を送った時点で、「もうこれ以上、君と話すことは何もない」という言葉どおり、もうライラとは手紙のやり取りをするつもりはなかった。

 しかし、糾弾するような内容とは裏腹に、それとなくこちらのことを心配してくるライラの手紙が二度も届いたことで気持ちが揺れ、実際に革命が起きた際に、もうこれで二度とライラに会うことはないと思った瞬間、どうしても、最後に、ライラに手紙を送りたいと思ってしまった。

 嫌われたまま逝きたくないと思ってしまった。


 だから手紙に、ライラとの婚約を破棄した理由や、クライン家の領地を接収、国外追放した理由をしたためた。

 とはいえ、その時にはもう城は蜂起した民衆に包囲されていたため、ライラのもとに手紙が届く可能性は極めて低いと言わざるを得なかった。

 事実、手紙を送り届けようとしていたハリソンの配下は、民衆の手で捕らえられた。


 それが、ハリソンにとっては幸運であり、不幸でもあった。


 手紙の中身を見た革命の指導者は、ハリソンの本心を知りたいと思い、必ず生け捕りにするよう民衆に命じた。

 民衆がいよいよ城に攻め込んだ際、兵士たちがすぐさま降参の意を示した上に何の抵抗も示さなかったことから、ますますハリソンの本心を知りたいと思った指導者は秘密裏にハリソンと面会した。

 そして、自分の首一つで革命を終わらせるというハリソンの覚悟に嘘偽りがないことを確信し、手紙をライラのもとへ送り届けるよう配下の者に命じた上で、ハリソンに一つの提案をした。


 その提案とは、第一王子ハリソンの死を偽造すること。

 ハリソンに模した人形を用意し、火刑に処すことで、民衆たちにハリソンが死んだと思い込ませるというものだった。


 火刑ならばいくらでも遺体を誤魔化すことができる上に、公開処刑の際は、残酷かつ衝撃的な処刑方法であることを理由に、処刑を見に来た民衆をハリソンの人形から遠ざけることができる。

 ゆえに成功する見込みは高く、それも含めて決して悪くはない提案だったが……ハリソンは拒んだ。

 生き恥を晒すつもりはない――その一言を理由に。


 頑ななハリソンにとって誤算だったのは、指導者が尋常ではないほどに弁が立ったことだった。

 民衆を革命に導いただけあって、指導者は言葉巧みにハリソンの心の急所をくすぐり、「ライラ嬢を哀しませずに済むぞ」という言葉が決め手となって、渋々提案を受け入れた。


 結果、九死に一生を得たハリソンは、指導者の手筈で秘密裏にウリザーグ王国を脱出。

 こうして無事に、ライラとの再会を果たせた次第だった。


「とはいえ、恋文と大差ないあの手紙を第三者に読まれたことは、私にとっては不幸以外の何ものでもなかったよ。それに、革命そのものは仕方がないとはわかっていても、その指導者に命を救われたことに関しては、思うところがないと言えば嘘になる」


 ハリソンことヘンリーがため息をつく中、ライラはクスクスと楽しげに笑う。


「いいじゃありませんか。そのおかげでわたくしはヘンリーと再会できた。わたくしとしましては、来週の結婚式に招待したいくらいですわ」

「頼むからそれだけはやめてくれ」


 げんなりとしながら言うヘンリーに、ライラはますます楽しげに笑う。

 そんな彼女を見て、ヘンリーは心の底から幸せだなと思う。


 こうして生き恥を晒したおかげで、最愛の女性と再会することができ、致し方なかったとはいえ彼女とその家族にした非道い仕打ちを許してもらい、彼女との結婚まで許してもらえた。

 これを幸せと言わずと何というのかと、ヘンリーは心の底から思う。


 だが――


 革命で命を落とした者が少なからずいたこと。

 王政を崩壊させてしまったことで、仕えていた者たちに不利益を被らせたこと。

 にもかかわらず、自分だけがこうしてのうのうと生き延び、幸せを掴んでいること。


 正直、後ろめたさを覚えずにはいられないことは多々あるけれど。


 だからといって、幸せそうに笑っているライラの前で不景気を振り撒くのは、絶対に間違いだと思うので。


 ヘンリーは素直に、今感じている幸せを噛み締めることにした。



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 最後までお読みいただきありがとうございマース。

 よければ下記リンクにある、亜逸最大の長編にして読者を千尋の谷に蹴り落とす系ファンタジー「悪愛の復讐者」も読んでいただけると幸いデース。


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公爵令嬢の文通 ※但し相手は一方的に婚約破棄しやがった王子とする 亜逸 @assyukushoot

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